一貫してノスタルジックな視点で挑む、自身最愛の作曲家集
デンマーク出身のピアニスト、マグナス・ヨルトの3枚目が届く。なんの衒いもなく、ただ『Gershwin with Strings』とシンプルにタイトルされた、ブラック/ホワイトのシンプルなジャケットに包まれて届いた。衒いのない演奏、魚沼産こしひかりの塩にぎり、のような楽曲のよさと演奏の品のよさ、両方が聴こえてこそ成り立つ音楽がたんたんとアルバム最後まで続く。
チャーリー・パーカーの頃から、演奏され続けたガーシュインの作品を取り上げたアルバムといえば、当然、ジャズファンの関心は、ショパンの《ノクターン》の、誰々の、なんとかの版による何回目かの演奏というほどにその解釈と選曲のゆきとどき具合についついいきがちである。そんな聴き手の行き過ぎをこれまで何人かのジャズ演奏家たちは、すばらしくシンプルな解釈でたしなめてきたものだ。たとえば。キース・ジャレットの《I love you, Porgy》がそうだった。
今回、ヨルトの演奏は、ピアノトリオに弦を加える事で、むしろ積極的に時代錯誤的なガーシュインを、無垢な状態で聴かせてくれる。ガーシュインがいた、フィレッド・アステアがいた、コール・ポーターがいて『華麗なるギャツビー』があった、幸せなニューヨーク、アメリカを一瞬の響きに浮かび上がらせてくれる。どこにでもありそうで、どこにもないガーシュインを復活させてくれた。ジャズを演奏するということ、作品の良さが聞こえる演奏、アプローチに徹する演奏家然としたたたずまいの美しさとでもいうべきだろうか。
僕自身は、チャイコフスキーのような弦の前奏から始まる《Fascinating Rhythm》をとても気に入っている。続く《They can't take that away From Me》も、そのスインギーな演奏に、シナトラの歌声を、なつかしく思い出した。デンマークから届いたガーシュインだが、そこには、誰からも遠い思い出となったガーシュインのニューヨークが、誰にもなつかしく感じられる響きが満ちていた。
ガーシュインの楽曲は、パブリック・ドメインに移行し、もはやバッハ、ショパンなみの自由をすべての表現者に許す、天からの施し物のようなありがたい贈り物なのである。彼のみならず、今後もガーシュイン作品を取り上げるアーティトはたくさん現れるのだろうけれど、音楽が、マッチ売りの少女の灯す火のように夢を映し出す光であることを、今こそ実感させて欲しい。