ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、2年半ぶりのニュー・アルバム 『The Future Is Medieval』を引っ提げ、〈フジロック〉での来日を控えるUKの人気バンド、カイザー・チーフスについて。〈ポスト・パンク・リヴァイヴァル〉から5年強、そのブームの一端を担った彼らが〈ポスト・パンク〉をぶっ壊す!?
カイザー・チーフスの1枚目『Employment』の“Saturday Night”という曲は、POLYSICSがイギリスのTVに出た時に、それを観たメンバーが〈あんなクレイジーなバンドは観たことがない。俺たちもあんな曲を作ろうぜ〉と作った曲。そして、その後、イギリスのメガ・バンドになったカイザー・チーフスは1万2千人を集めた自分たちのコンサートにPOLYSICSをゲストで呼んだ。いい話だな。
カイザー・チーフス、いい奴らなんです。でも、この彼らの新作『The Future Is Medieval』リリースのニュースを聞いた時、思い出したのはヴォーカルのリッキー・ウィルソンが今年の4月17日に行われたロンドン・マラソンに出場し、ゴールまであとわずか3キロというところで昏倒してしまい、救急チームの処置を必要するほどの大変なことになったという事件。
このマラソンはアルツハイマー病の支援団体の資金募集のために行なわれているもので、ドラマーのニック・ホジソンの父親が昨年アルツハイマー病を発症したと知ってリッキーは今回の参加を決めたということなんだけど、しかし、カイザー・チーフスの事務所は解散したオーディナリー・ボーイズと同じ事務所で、その事務所と言えば、なかなか火が点かなかったオーディナリー・ボーイズを売るために、ヴォーカルのサム・プレストンをリアリティー番組「Celebrity Big Brother UK」に出演させて人気バンドにしたという経歴を持つ事務所だから、何をするかわかったもんじゃないぞ。リッキー、東京マラソンの松村邦洋さんみたいに心肺停止しなくってよかったよ。この名盤が遺作になっていたところだったよ。
このアルバムは『Lodger』『Scary Monsters(And Super Creeps)』時代のデヴィッド・ボウイを思い出させる名曲揃いのアルバムなんです。ボウイがポスト・パンクへの返答として、ぶっ壊れたようなアルバムを作ったように、ポスト・パンクを現代にポップスとして蘇らせたカイザー・チーフスが、ボウイがやったことをポスト・パンクの立場からやったアルバムなんです。
当時は誰もこういうことをやらなかった。いま思うと誰かやったらよかったのにと思う。ピーター・ガブリエルとか題材はたくさんあったはずのに。ザ・フーとかジョニ・ミッチェルとか失敗しているのも多かったからな。触れないでおこうというのが当時の感覚だったかもしれない。でもカイザー・チーフスはやってくれたのです。
海外では、このアルバムの曲にあと7曲も余分にあって、その20曲で自分独自のアルバムを作れるというキャンペーンをやっていて、プロデューサー気分を味わえるのですが、それは本人たちも悩むくらいいい曲がたくさんあるということなのです。
問題点は、今回は“I Predict A Riot”“Ruby”“Never Miss A Beat”のような完全にヒットするシングル曲がないということなんですよね。『Lodger』『Scary Monsters(And Super Creeps)』の頃のボウイも、“Ashes To Ashes”というボウイ史に残る名曲はありますが、シングル・ヒットに恵まれず苦戦していました。でも、『Lodger』『Scary Monsters(And Super Creeps)』は、ボウイのどのアルバムよりも再評価されていますよね。
だから、このアルバムは間違っていないんです。きっとカイザー・チーフス史に残る、ツボを押さえたアルバムとなると思うのです。だからドラマーのニックが『Lodger』『Scary Monsters(And Super Creeps)』のプロデューサーであり、今作のプロデューサーでもあるトニー・ヴィスコンティを通し、「“Man On Mars”の歌詞の助言を求めたら、デヴィッド・ボウイが数行歌詞を書いてくれたけど、曲に上手く収まらなかったから、使わなかったんだよ」なんて、事務所から言わされているようなスキャンダラスなことは言わなくっていいんです。
トニー・ヴィスコンティに「そんなことありえない」ってすぐ言われるんですから。『The Future Is Medieval』を聴けば、これがいいアルバムだって誰もが分かるんですから。