続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉のマスターの〈レイラ〉に対する熱い思いが気持ち悪いので、早々に店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
クラプトンと言えば、彼がほぼ全編に渡って参加しているアーサー・ルイスの74年作『Knockin' On Heaven's Door』(Plum/Black Cat/SOLID)がリイシューされたらしく、アーシーなメロウ・スワンプ満載の良盤との噂だが、噂と言えばもうひとつ奇妙な話があった。
この頃、北区の町という町、家という家では、2人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるで天気の話でもするように〈怪人二十連奏〉の話をしていた。CDばかりをコレクトする怪盗で変装の名人らしいが、いったい何者なのだろうか。謎の怪人に思いを馳せながら夜道を急いでいると、ふいにどこからともなく声が響いた。
「キミは再発先生だね。今日ボニー・レイットの『The Lost Broadcast』(Left Field)を買ったな。72年に録られたラジオ用のライヴ音源から成るマニア垂涎の発掘盤だ。流石は未発表モノには目がない先生だねえ。
それと、フィル・スペクターが手掛けたガールズ・ポップの最高峰、ロネッツの『Be My Baby: The Very Best Of The Ronettes』(CBS/Sony BMG)も入手したね。リマスタリングが施されているから、いままでのベスト盤を持っていたとしても確かに必携だ」。
慌ててあたりを見回したが、真っ赤なポストがあるきりで人影はどこにもない。
「フフ、探したって無駄さ。俺は怪人二十連奏。いましがた羽柴邸に安置されていたTACOの81年作『タコ大全』(ピナコテカ/ディスクユニオン)を拝借してきたばかりさ。坂本龍一や町田町蔵も参加した日本アングラ・ロックの極北とも言うべき傑作が、自慢の特製携帯20連奏CDプレイヤーで鳴り響くのは痛快だぜ」。
ハッ、例の怪人か! しかしデジタル化が進むこのご時世、携帯プレイヤーで20枚聴けたところで何の自慢にもならないと思うが……。すると急に目前のポストから軽快なビートが流れ出した。ん? 2トーン勢のなかでももっともヤンチャで楽しいネオ・スカを聴かせるバッド・マナーズが、80年に発表した初作『Ska 'N' B』(Magnet/Pressure Drop/ヴィヴィド)ではないか。
「しまった、愛機が誤作動しやがった! とにかく明後日の午前0時ちょうどに〈れいら〉の神棚に奉られているブツを頂戴しに行く。それをボンゾに伝えておけ!」。
私は陽気なスカを垂れ流す真っ赤なポストと対峙していた。目を凝らすとそれは哀しいほど安っぽいハリボテで、何だか私はこの怪人が憎めなくなっていた。