アリシア・キーズの歴史的な名作が10周年を迎えたよ!
かの『Songs In A Minor』が初登場で全米1位をいきなり制した時、(Jレコーズを率いる)クライヴ・デイヴィスがパワーを使ったのか?なんて考えたことをハッキリ覚えている。が、何のことはない。10年経っても古びないとはこのことだ。つまり作品にそれだけの力があったのである。2001年6月5日にリリースされたアリシア・キーズのファースト・アルバム『Songs In A Minor』は、業界力学が働いたかどうかとかチャートで何位だったかとは関係なく、まぎれもないクラシックとして存在感を発揮している。そんな名作中の名作が10周年記念盤として再登場するというのだから、これは振り返らないわけにはいかないだろう。
10年前、ではなくアリシアのプロのキャリアは15年前にスタートしている。よく知られているように彼女はJと契約する前にアリスタにいて、その前はコロムビアと契約していた。当時のアリシアは15歳。早熟な才女をどう扱っていいのかわからなかったのか、コンピやサントラを通じていくつかの録音が世に出たのみで、コロムビアは彼女を手放している。そこで彼女がコンタクトを取ったのがアリスタ代表のクライヴ・デイヴィスだった。ここでもサントラに楽曲提供した段階でクライヴがレーベルを追われ、アリシアも彼に従って設立間もないJレコーズにそのまま契約している。その時点で最初の契約から5年が経過しようとしていたわけで、彼女がポッと出のシンデレラじゃないことは明白だろう。その間にも進めてレコーディングを取捨選択してようやくリリースに漕ぎ着けたのが『Songs In A Minor』だったのだ。
その後は歴史だ。そして、今回登場した10周年記念盤のボーナス・ディスクには、その歴史の舞台裏が覗ける音源も含まれていたりする。まず驚くのは、2作目『The Diary Of Alicia Keys』(2003年)でトニ・トニ・トニと演った“If I Were Your Woman”(グラディス・ナイト&ザ・ピップスのカヴァー)をコロムビア時代の97年に録りはじめていたこと。しかも同じトニーズのドウェイン・ウィギンス(当時はデスチャなどコロムビアの若手の面倒を見ることが多かった)との録音だ。97年録音のナンバーは他にもいくつかあって、イメージ以上にメアリーJ・ブライジの影響下にある歌い口が印象的だったりする。さらに2000年録音だという“Juiciest”はエムトゥーメイ“Juicy Fruit”をベタ使いしたヒップホップ・ソウル調の仕上がりで、後のキーシャ・コールあたりと比べてみるのも良さそうだ。それ以外にもリミックスや別ヴァージョン、ライヴ音源などが詰め込まれていて、なかでも注目したいのは2002年のライヴから収録したドアーズ“Light My Fire”のカヴァーだろうか。緩急を付けながらダイナミックかつディープに歌い込む姿には、その後の『Unplugged』にはないズルムケな輝きがあると思う。
こうして蔵出し音源などに触れたうえで改めて『Songs In A Minor』の本編を聴いてみると、90年代後半に流れが分かれつつあったトラック主導型R&Bの文脈とネオ・ソウル的な文脈の両方が良い塩梅で取り込まれていることがわかる。ピアノを弾いて自作自演はするがネオ・ソウルよりも趣向はモダンだし、サンプリング・ビートに乗ってもオールド・ソウルの薫りを吹き込める……つまり、デビュー時のアリシアの見せ方は、さまざまに分化しつつあったアーバン・サウンドを包括することで、どの方向からでも解釈しやすいものになっていたのだ。この包括性は現在のアリシアにはない。本当に凄まじいアルバムだ。
▼アリシア・キーズのアルバム。
左から、2001年作『Songs In A Minor』、2003年作『The Diary Of Alicia Keys』、2007年作『As I Am』、2009年作『The Element Of Freedom』(すべてJ)
▼関連盤を紹介。
左から、グラディス・ナイト&ザ・ピップスのベスト盤『Gold』(Hip-O)、エムトゥーメイの83年作『Juicy Fruit』(Epic)、ドアーズの67年作『The Doors』(Elektra)