ただのカヴァー・アルバムだと思ってはいけない
パット・メセニーは、何と身の軽い表現者なんだろう。この2月に録音されたという新作『What's It All About』は、ソロによるカヴァー集で、それもサイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、ビートルズ等々の誰もが知ってるというより、知らない人はいない、もはや擦り切れたメロディの数々を取り上げて一枚の作品にしてしまった。むろん、メセニーの語りは素晴らしく、個性的だが、けれど、オリジナルのメロディを過度に変形したり、突拍子もない料理法を駆使して、ひとり悦に入るような凡庸な表現者ではない。また、メロディの魅力を素直に楽しみながらも、そこにただ乗りしてるようなところも一切なく、むしろ、即興という課題に正面から向かっていて、印象とは裏腹に、前衛的で不思議な即興表現の気配のようなものが、いたるところに漂っている。
そんなわけで、これは一見分かりやすい企画に見えるが、ここには様々な音楽への視線が錯綜していて、人によって受け取るものは千差万別で、ふと気づくとリスナー自身の世界が鏡のように映し出されるかもしれない。むろん、それがメセニーの意図するものでは全くないが、今、メセニーが立っている位置とはそうした不思議な場所ではないかと思えてならない。突き当たりの部屋に行き着き、袋小路のような厚い壁に囲まれ、その壁に風穴を空けるべく何とかしようと思っているとき、メセニーは、上空から壁に囲まれた20世紀音楽の世界を俯瞰してるようにもみえる。前作の『オーケストリオン』もそうだが、今回は、おもちゃ箱をひっくり返して懐かしいメロディで遊んでしまったと言ったらいいだろうか。むろん、遊びと言っても、この作業は重く、そして重ければ重いほど夢中になってしまうのがメセニーで、さらに何か確かな手応えをつかむと最後まで走り続けるのがメセニーだ。この想像力の身の軽さ、執拗さにあらためて感嘆させられる。