ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、デス・イン・ヴェガスことリチャード・フィアレスの約7年ぶりとなるニュー・アルバム『Trans Love Energies』について。NYへ渡ったリチャードがUKへ持ち帰ったものとは? その答えを、ヘヴィーに、ダークに、エモーショナルに渦巻くダンス・グルーヴのなかで探ってみたら――。
デス・イン・ヴェガスが好きだ。特に2作目『The Contino Sessions』以降が。なんで好きかと言うと、リチャード・フィアレスもよく言っているけど〈ヴェルヴェット・アンダーグランドをスロッピング・グリッスルがやっているようなところ〉が、僕には完全にツボなのです。
いま若いバンドでは、ファクトリー・フロアという完全にスロッピング・グリッスルがライヴしているような人たちが出てきていますが、そのルーツのような存在が、デス・イン・ヴェガスなのです。そして、やはりファクトリー・フロアよりもいい音でやっているんです。年季が違います。
そんなデス・イン・ヴェガスなんですけど、7年間も沈黙していてどうしたのかなと思っていたら、なんとリチャード・フェアレス、NYに移り住んでいました。しかもデス・イン・ヴェガスではなく、NYではブラック・アシッドというバンドをやっていました。
デス・イン・ヴェガスはイギリスで売れたから、次はアメリカで売れよう。そのためにはユニットでは無理だ、バンドだ、ということだったんでしょうか。
アンディ・ウェザオールがセイバーズ・オブ・パラダイスでやったのと似たことをやろうとしたのでしょうか? バンドをやるのはわかるとしても、なんでまたアメリカ人と……難しいでしょう。まあ、イギリスで売れても仕方がない、アメリカで売れようとしたということだったのかもしれませんが。
デヴィッド・ホルムズとか、アメリカに行って「オーシャンズ11」のサントラを作るまでに大成功した人は確かにいましたが、ポール・オークンフォルドは失敗したしな。理由はよくわからないですが、リチャード・フィアレスいわく〈NYは大変だった〉と。そりゃそうでしょう。
でも、こうしてまたデス・イン・ヴェガスで素晴らしいアルバムを作ってくれたんだから、いいです。音もよりヘヴィーになったのはNYの成果でしょうか。不確かなんですが、歌もリチャード・フィアレスが担当しているようです。すごくいいです。〈ブラック・アシッドに歌詞を書いていたらあまりにもパーソナルで、自分で歌いたくなった〉と発言しているので、僕は今回の歌はほとんど彼かなと思っています(編集部註:全10曲中、3曲にはアウストラのケイト・ステルマニスも参加)。
いままでは、ノエル・ギャラガー、ボビー・ギレスピー、ポール・ウェラー、イギー・ポップ、ジム・リード、ドット・アリソンなど錚々たるメンバーが参加していたんですけど、このアルバムはそんなゲストがいなくっても、これまでのアルバムに負けていません。
いまチルウェイヴ、ニューゲイザー、ドローン・フォーク、クラウト・ロックなどを聴いている人たちに聴いてほしいです、本物のすごさを。NYで負けて帰ってきた人(?)ですが、それもまあ、いいじゃないですか。