長年バイイングに携わってきたタワースタッフが、テクノについて書き尽くす連載!!
2011年、ベン・シムズが初のアルバムをリリース! ……と聞いて、意外だと思うテクノ紳士淑女は多いはずだ。
犬ジャケとオールド・スクール・ハウス~テクノを元ネタに、強力にミニマルなシングル“Killa Bite 1”をリリースした匿名集団=キラ・バイトの正体(ホントはもう2人いる)として一躍注目されたのが98年。さらに当時は、ジェフ・ミルズの95年のシングル“The Purpose Maker”と、そこから命名されたレーベル=パーパス・メイカーからの一連のリリースによって〈トライバル・テクノ〉が一つのジャンルとして確立された時期で、そのなかで自身のレーベルであるセオリーとインゴマを中心とした極太&パーカッシヴな作風が大ウケし、99年~2002年頃はベン絡みのリリースは見掛けたら即購入があたりまえというほどに大人気だったのだ。
その頂点が、2001年にリリースされたシングル“Manipulated”の、これまた当時大人気であった北欧ハード・ミニマルの旗手、アダム・ベイヤーによるリミックスだった。これが、怒濤のパーカッシヴ・ミニマルにラテン・サンプル(アルバータ・ロドリゲス“Ta buenoya”)を乗せた弩級のカッコ良さで、世界中で特大ヒット。この曲以降、トライバルなミニマルにエスニックな素材を乗せる手法も大流行したのだった(それはアダム・ベイヤーの手柄だが)。
だが、ハード・ミニマルの大傑作『Decks, EFX & 909』(99年)ではキラ・バイトやベン・シムズを選曲し、ベンの人気爆発のきっかけを作ったリッチー・ホウティンによるクリック・ハウスの先鞭的ミックスCD『DE9: Closer to the Edit』(2001年)以降、皮肉にもミニマルもクリック的な淡白さが主流となり、そこには乗らなかったベンは全盛時と比較するとリリース量も減少し、2004年以降はシングルも年に1枚ぐらいの発表ペースとなってしまい、テクノ・シーンにおいてベンはちょっと過去の人のような存在となりつつあったのだ。
だからこそ今回の突然のアルバムは、〈あの全盛時にオリジナル・アルバム出してなかったんだ〉という点と、そして〈なぜいま?〉という点で意外に思う人も多かったのではないか。だが、今作は懐古的な作品ではまったくない。リリース元が“Manipulated”で世界を席巻したコンビの相方、アダム・ベイヤーのドラムコードからというのも泣けるのだが、内容は全曲フロア仕様のミニマル・チューン! とは言えかつてのトライバル味ではなく、あきらかにクリック経由のハード指向という現行テクノ・シーンの流れを踏まえたバリバリの現役感だ。“I Wanna Go Back”ではデトロイトのブレイク・バクスター、“I Feel It Deep”ではシカゴのタイリー・クーパーと伝説の先輩を招き、ベンのルーツでもあるデトロイト・テクノ~シカゴ・ハウスにリスペクトも払ったうえで炸裂する“The Snake”“Bullet”のベン印な極太ビートも絶品で、全編に渡ってキャリアとスキルの差を見せ付ける圧巻ぶり。これは傑作でしょう!
ほぼ同時期に出たプラネタリー・アサルト・システムことルーク・スレイターの新作『The Messenger』もリリース元であるオストグート・トンに象徴されるポスト・クリックというか、ベルリン硬質ミニマルを踏まえた最新版ハード・テクノの傑作だったし、テクノ界でのヴェテランの底力と、20年を過ぎて広がりつつある90年代テクノ復活の気配を感じて嬉しくなってしまうのだ。
PROFILE/石田靖博
クラブにめざめたきっかけは、プライマル・スクリームの91年作『Screamadelica』。その後タワーレコードへ入社し、12年ほどクラブ・ミュージックのバイイングを担当。現在は、ある店舗の番長的な立場に。カレー好き。今月のひと言→ベン・シムズと言えば、昔来日した時に、いまはいろいろ大変な大阪アメ村のクラブに観に行ったら何かのパフォーマンス・イヴェントとの共催で、ブース横でボンテージなコスチュームの女子がポールダンスを踊っているのを横目にベンさんの怒濤のハード・ミニマル・プレイを浴びる(しかも告知状況が悪く客も数名しかいない)、という非常にシュールな体験をしたのが懐かしい。そして大阪クラブ・シーンに渾身のエールを贈ります。