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映画『岳 -ガク-』

カテゴリ
o-cha-no-ma CINEMA
公開
2011/11/29   18:00
ソース
intoxicate vol.94(2011年10月10日発行)
テキスト
text:高野直人(秋葉原店)

それでも生きていること、それでも生きていくこと。
日本アルプスの絶景は人間の生きる力を讃えているように見える。

© 2011「岳 -ガク-」製作委員会 © 2005 石塚真一/小学館


2008マンガ大賞、2009小学館漫画賞も受賞した石塚真一のベストセラーの映画化である。主演に、小栗旬と長澤まさみという旬の俳優を起用していることから、原作の良さを壊しかねない恋愛映画として改悪されていたらどうしようと気を揉んだが、原作同様ハードな仕上がりであるのでまずは安心されたい。何より、この映画の為にショートカットにした長澤のこの後の活躍を見るにつけ、原作から実写化されたヒロイン椎名久美が、山岳救助隊の新人として、真に山を恐れ愛するようになるまでの救助隊員としての成長物語と、役者長澤の女優としての成長が重なって見えてくる。

原作のファンでこの映画の為に山岳トレーニングを積んで高所恐怖症を克服してしまったという小栗にとっても、主人公島崎三歩は役者としてのレンジを広げる当たり役である。世界中の山を渡り歩き、今は北アルプスの山岳救助ボランティアとして文字通り山に生きる男としてスーパーマン的な〈超人〉であり、山以外に何も知らず、長澤相手にしても男性の本能を垣間見せない性を超越した小栗と共に行動することで長澤が成長していくという筋立てである。

無邪気な笑顔に心和まされるので騙されそうになるが、この映画の小栗は何を考えているのか最後までよく分からない。その分からなさは、そのまま舞台となる山の分からなさであり、自然の分からなさであるかのようだ。実際、原作同様、山の残酷さをめぐる描写に手加減はない。この映画のエピソードの多くが悲劇的なものであることでもそれは明らかだ。数ある悲劇の中でも、小栗の友人の死の回想シーンは、山での死というときに私たちが抱く安易なイメージを裏切って人間の体が物質であるという単純なことを思い出させてくれる強烈なものだ。その強烈さを、長澤の視線を通して観客も体験する。長澤と同様に観客も、山を舐めていたことを認め、山の厳しさを知り、恐れとともに山に生きることになるだろう。

映画の後半では、そんな長澤の救助隊員としての生死を賭けた成長と、彼女を援護する隊員たちのチームプレイと、小栗の活躍がサスペンスフルに描かれる。吹雪舞う日本アルプスのロケーションが凄まじい。人が山に登る理由が分からなくなるとまで思わせる壮絶な救出劇はご自身の目で確認していただけたらと思う。

映画は晴れ渡った北アルプスとともに、笑顔の小栗とともにある。穏やかで美しい北アルプスの絶景に、「よく頑張った」「また山においでよ!」と笑顔で迎える小栗は、長澤の成長と、山を前にしてあまりに小さいが尊くもある人間の生きる力を讃えているように見える。それでも生きていること、それでも生きていくことに感謝する、ナポリタン同様大盛の125分をご堪能あれ!


© 2011「岳 -ガク-」製作委員会 © 2005 石塚真一/小学館