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ウェザー 『MeShell Ndegeocello』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/01/05   11:58
ソース
intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)
テキスト
text:五十嵐正

ジョー・ヘンリー プロデュースによる新作

ミシェル・ンデゲオチェロの新作の『ウェザー』というアルバム名は表題曲の内容を超えて、予報をしばしば裏切る天候の変化を感情の揺れや変化に重ねているのだろうが、本作の季節は決して春や夏ではなく、秋や冬の色彩をまとっている。憂いに沈んだ内省的な作品だが、その抑えたトーンの内面では、苦悩から欲望、疎外感まで心は疼き、そこに覗く感情表現の深さに誘い込まれるように心を奪われる美しいアルバムだ。

新作のプロデューサーに迎えたのは、ジョー・ヘンリー。ミシェルの最初のレーベル、マーヴェリックのボス、マドンナの妹の夫でもあるジョーとは15年来の友人で、過去にもお互いのアルバムに参加してきた。ミシェルはジョーの自宅の地下室スタジオの雰囲気に惹かれたらしい。私的で親密なトーンに包まれたアルバムの制作にふさわしいと考えたようだ。ジョーによると、録音は5日で済み、9割はライヴ・テイクだという。自分のバンド3人との演奏で、主役は看板のベースを数曲でしか弾いていない。無駄な音をそぎ落とした演奏に、キーボードのキーファス・キアンカが「ヴァリアス・サウンドスケープ」とクレジットされているように彩りを添える。作者のベンジー・ヒューズが自ら弾くピアノだけを伴奏に歌う、優しくも哀調を帯びた《オイスターズ》はアルバムの白眉だ。

93年にミシェルがファンキーなベースを弾きまくり、「あんたのボーイフレンドだったとしても、昨夜の彼はそうじゃなかったわよ」なんてクールに歌ってデビューし、ネオソウルの旗手でポストX世代のアイコン的な存在になった頃には、このようなアルバムを作るようになるとは想像できなかった。本作にはレナード・コーエンの名曲《チェルシー・ホテル》の素晴らしいカヴァーがあるが、メランコリーな世界を描く詩人であり、聴き手を誘惑する官能的な歌手という点で、今やミシェルとコーエンの世界は重なり合う。