抑制された美しさから滲み出る情念
鬼才・三池崇史が『十三人の刺客』に続いて手掛けた時代劇『一命』。サントラを担当したのは、三池とは初めての顔合わせとなる坂本龍一だ。坂本とは何度か 組んだことがあるプロデューサーのジェレミー・トーマスが、「お前達は絶対、合うはずだ」と三池に坂本を紹介したらしい。映画の原作小説『異聞浪人記』は 62年に小林正樹監督により『切腹』として映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しているだけに、二度目の映画化(しかも3D!)は三池に とっては大きな挑戦だが、坂本にとってもそれは同じこと。なにしろ、『切腹』でサントラを担当したのは大先輩、武満徹。『切腹』では、琵琶や尺八の音色 が、殺気を孕んだ刀のようにギラリと光っていたが、坂本のスコアは弦楽オーケストラの抑制された美しさのなかに、ふつふつと情念が滲んでいる。曲によって ストリングスの音色は微妙に表情を変え、時おり、和楽器やギターなど、慎ましやかに楽器が添えられるが、全体としてはストイックで、日本家屋の闇を思わせ るような濃厚な静寂が顔を覗かせる「間」が印象的だ。殺伐とした空気のなかで権力に対する怒りをたぎらせた『切腹』に比べ、『一命』では登場人物の心情に 寄り添った情緒的な演出が印象的だが、坂本のスコアはその情感を外に拡げていくのではなく、内側に丁寧に織り込んでいく。爆発することなく、静かに慟哭す るような音響は、まるで武士社会の掟に縛られて無為な死をとげる登場人物たちの悲しみを伝えるようだ。もちろん、映画と切り離しても(むしろ、切り離すこ とでいっそう)、ストリングス・アレンジの見事さや、音響設計の巧みさなど一分の隙もない仕上がりが鮮明に浮かび上がり、坂本の新作として聴き応え充分。 そして、映画を見た者にとっては、いかにサントラが映像にあわせて緻密にデザインされていたか、黒子としていかに大きな役割を果たしていたかを再確認でき るはずだ。