ブラジルの多様性を象徴するかのようなシンフォニックなサウンド
マリーザ・モンチは何故、音と音とをこんなにも重ねようとするのだろうか。マリーザ本人と共同プロデューサーのダヂが、それぞれ10種類以上の楽器を演奏 した本作に触れる前に、まずはもう一度、前作『私の中の無限』から話を始めてみる。多くの曲に管弦のアレンジが加わり、それらが数本のギターとベース、ウ クレレ、キーボードやタブラなどのパーカッション類からなるバンドサウンドと同等に絡んで魔術的な音楽を生み出したこのアルバムを評して、マイ・ブラ ディ・ヴァレンタイン『愛なき世界』にも匹敵する革命的ポップレコードである、というようなことを当時の本誌に書いた。直接的に似ているというのではな く、ある新種のポップミュージックが、ひたすら審美的な世界観と抽象的なサウンドでこれを成し遂げた例として、である。前作の制作過程には色々と謎も多い けれども、その個性や美しさを端的に裏付ける要素として、管弦のアレンジを担当したフィリップ・グラス、デオダート、ジョアン・ドナートという3人の巨匠 と、プロデュース及び録音も手がけたアレ・シケイラの存在があった。
そしてそれから5年。上記の面々がクレジットから姿を消したこの新作にも、その発展型といえるシンフォニックなサウンドが鳴っているのだから…これはもうマリーザを特徴づける個性として、ブラジリアンポップの歌姫云々とか、フェミニンな、といった枕詞と並んで認識されるべきだろう。ただし今作は、さまざまな楽器音がカオスのように溶け合っていた前作と違い、ドラムスを中心とした抜けの良さ、メリハリを大事にすることで、キャリア初期にも通ずるカラフルさを取り戻した印象。ヴァルドニスが弾くアコーディオンの北東部風味や、バーニー・ウォレルのハモンドが醸し出すチョコレート色のソウルまで、幾重ものトロピカルカラーによるサイケデリア。そう捉えれば、前作の漆黒がその配合によって生じたものだと映ってくる。