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終わりは永遠に続く――新作で完全復活したレナード・コーエン

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2012/02/22   18:01
更新
2012/02/22   18:01
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文/久保憲司


ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、レナード・コーエンの8年ぶりとなるニュー・アルバム『Old Ideas』について。彼の全盛期の音が封じられた本作を前に言えるのは、こんな台詞だけで――。



レナード・コーエンの8年ぶりのニュー・アルバム『Old Ideas』。これは彼の完全復活作でしょう。

前作『Dear Heather』とその前の『Ten New Songs』の80年代のポップ・ミュージックのような音色から一転、これはレナード・コーエンの全盛期の音だ。暖炉の前で、グラスに残った昨日の赤ワインを飲み干した時の、あの苦さのような音。

そうそう、昔年上のお姉ちゃんがこんなことを言ってたな。

「クボケン、本当のミモザを知っている? 本当のミモザはね、こんなバーで飲むものじゃないのよ。ホテルの部屋で、昨日の残りのシャンパンと朝のルームサーヴィスのオレンジジュースを混ぜて飲むものなのよ。終わりの味なのよ」。

〈うるせーババア〉と思ってたけど、言いたいことはよくわかる。

カート・コバーンが“Pennyroyal Tea”で〈レナード・コーエンをかけてくれ、そしたら俺はいつまでも歌えるから〉と歌ったように、始まりは終わるけど、終わりは永遠に続くのだ。これがレナード・コーエンなのだ。それが今作で完全復活した気がする。いつまでも聴いていられるかのようなレナード・コーエンの声が、物語が完全に復活したような気がする。いや、全盛期よりも、その魔力は強力になっている。レナード・コーエンに話されたら、歌われたら洗脳されてしまう。

破産したりして、仕方なしに始まったレナード・コーエンのツアーは最高だった。〈グラストンベリー〉でやった“Hallelujah”とか本当に凄かったらしい。この時期のライヴが堪能できる『Live In London』は絶対買わないといけないでしょう。

そして、この成功に気をよくしたレコード会社はレナード・コーエンの70年のライヴCD+DVD『Leonard Cohen Live At The Isle Of Wight 1970』まで出す。これも完璧すぎる。ワイト島で60万人の観客を相手に歌う直前まで、彼はステージ裏のキャンピング・カーのような楽屋で寝ていたそうだ。そして、たぶん歯も磨かずにステージに上がり、ヒッピー文化の弱さを嘆くスピーチをブチかます。〈君たちは60万人も集まっているけど、その力は本当に弱い〉〈大きな固まりとして見たくないから、一人づつ火を点けてくれ〉というMC、最高でしょう。そして、完璧なステージをこなす。このライヴも絶対見たほうがいいですよ。

彼の破産を救ったのは過去の遺物のようなものばかりである。吹っ切れたんだろうな。それでいいと思う。『Old Ideas』っていうタイトルにどういう意味があるのかわからないけど、ちょっと自嘲しているのかもしれない。それとも僕たちをバカにしているのか。〈どうせ、お前らはこういうレナード・コーエンが好きなんだろう?〉という意味を込めているのか。それでいい。レナード・コーエンは、レナード・コーエンでしかない。

そして、久々に『Dear Heather』と『Ten New Songs』を聴いたら、悪くなかった。レナード・コーエンは、レナード・コーエンでしかない。

〈レナード・コーエンをかけてくれ、そしたら俺はいつまでも歌えるから〉――レナード・コーエンには、これしか言えない。