冨田勲と糸川英夫
少年・冨田勲は、空を舞うその戦闘機にあこがれた。
それは一式戦闘機「隼」だった。
のちになって冨田は隼の設計に携わっていた糸川英夫の存在を知り、あこがれの対象が戦闘機から設計者へと移ったという。後年音楽家としてのポジションを確立した冨田は、新たな「音場」を求めてシンセサイザーによる音場の造形に挑む。あの『惑星』を制作中に冨田が『かもめのジョナサン』にインスパイアされていたのは有名な話。冨田によれば、ジョナサンのいきざまが糸川に重なっていたのだ。冨田は完成した『惑星』のテープを当時貝谷バレエ團を率いていた貝谷八百子に渡す。それは帝劇で『Moog Planets』として初演されることになるが、そのときその舞台に立つことを熱望したまだまだ下のクラスにいた団員が、60歳で入団していた糸川英夫だった。糸川は盲目の科学者というちょい役ながら、堂々と帝劇の舞台に立ったのである。昨年リリースされた『惑星 ULTIMATE EDITION』には《イトカワとはやぶさ》というパートが《木星》と《土星》の間に組み込まれているが、この場所こそ、帝劇で糸川が登場したパートだったのだ。
冨田は「音場作家」としての自らの集大成のひとつに、糸川へのレクイエムを刻んだのである。
映画『おかえり、はやぶさ』のサウンドトラックを手がけることは、富田にとっては必然的にその延長線上に位置する作業であっただろう。もちろんトミタサウンドの魅力は充溢しているが、ぼくの印象に残ったものはむしろ静謐な空間そのものである。それはたぶん深層からにじみ出た少年の「純粋な憧れ」のエッセンスなのかも知れない。糸川英夫という設計者から受けたイマジネーションへのオマージュは、そのまま同時に冨田自身が築き上げてきた音場への挑戦という時間へのオマージュとしても、ぼくには聴こえるのだ。