北欧らしいアイデアにも富む懐の深いサウンド
主役のボエルは57年生まれの、デンマークの大御所シンガー。悠然とした歌の味を持つ人物で、90年代にはポップ傾向にあるアルバムが日本でリリースされ たりもした。彼女は近年同国のジャズ・レーベルである【Stunt(ストゥント)】と契約していて、その最新作ではスウェーデンの敏腕ジャズ・ピアニスト であるヤコブ・カールソン(70年生まれ)のトリオとタッグを組んでいる。
両者によって紐解かれるのは、レナード・コーエン、デイヴィッド・シルヴィアン、ジャニス・イアン、ランディ・ニューマン、チップ・テイラー、ジョニ・ミッチェルらポップ界で活躍する才人たちの楽曲。さらに、ボエルとカールソンによる良く書かれた共作曲も2曲入れられているが、日本盤はオリジナル盤から3曲抜いて、新たに2曲を加えている。
それにしても、クールなジャズ感覚を下敷きに置く、ときに弦音や管音や電気キーボードやステディなビートを無理なく採用する本作のお膳立ては個性的にして、冴えている。そして、ボエルについては大仰というイメージをぼくは持っていたが、ここではそんな機を見て敏なサウンド設定にそって、懐深い歌を悠然と乗せている。また、ウィリー・ネルソン作《ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ》では00年インコグニート作客演でも知られるイタリア人伊達ソウル歌手であるマリオ・ビオンディが渋〜くデュエット。それも、ばっちり決まる。
その総体は、おいしい間や奥行きを持ち、そこに人間の情や機微がすうっと流れ込んでいく、と書けるもの。それらは、どこか凛としていて、ひんやり、ひたひた……スカンジナビアの風情っていいなあと思わせる事請け合い。うーぬ。北の国の音楽的機智を痛感しました。