NEWS & COLUMN ニュース/記事

ファンクは黒人だけのものじゃないことを示す生き証人、ドクター・ジョン

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2012/05/16   17:59
更新
2012/05/16   17:59
テキスト
文/久保憲司


ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ブラック・キーズのダン・オーバックがプロデュースを手掛けたドクター・ジョンの新作『Locked Down』について。そこには71歳のいまも衰えることを知らない、煮えたぎるようなファンクとロックンロールがあって――。



歴史に残るベーシスト、ドナルド“ダック”ダンが5月13日に亡くなった。しかも日本で。ショックです。これまた歴史に残るシックのベーシスト、バーナード・エドワーズも日本で亡くなっている。ブーツィー・コリンズは恐くって日本に来れないんじゃないでしょうか。すいません。不謹慎なことを言ってしまって。

ジョニー・ギター・ワトソンも日本で亡くなった。しかもステージ中に倒れて。

ドナルド“ダック”ダン、バーナード・エドワーズ、ジョニー“ギター”ワトソンは、死ぬ間際までステージをやれて本望だと思います。でも、できれば自分の国で、家族に見守られながら亡くなってほしかったなと思うと悲しいです。

どうせしがないバンドマン、最後は野たれ死ぬのかなと思ってこの業界に入った僕ですが、こうしたバンドマンの最後を見ていると、やっぱバンドマンは大変だなと思います。僕はバンドマンになれず、流れ流れて、ライター/カメラマンという雑役係ですが。

ドナルド“ダック”ダンのように時代を作った人には、豪邸で優雅に家族に囲まれながら亡くなってほしかったです。ドナルド“ダック”ダンの太くてグルーヴィーなベースがなければ、レッド・ツェッペリンのあのグルーヴも、ニール・ヤングのロックンロールも、ヒップホップも何もなかったのです。この人のベースがなければ、いまのブラック・ミュージックはこんなにヘヴィーでファンキーじゃなかったかもしれない。黒人じゃないとファンキーなグルーヴを出せないとか、そんなことないんだよ。ドナルド“ダック”ダンのベースは僕たち黄色にも希望の星なのだ。

そして、僕はドナルド“ダック”ダンのベースだけで何百時間も踊っていられる。

〈ファンクは黒人だけのものじゃない〉というもう一人の証人が、ドクター・ジョンです。いまはもうドナルド“ダック”ダン(享年70歳)とほぼ同じ71歳のオジイちゃんですが、まだまだファンクですよ。これまた希望ですね。70歳でもファンクできるって、いまから俺もがんばったら、60歳くらいにはあのグルーヴを出せるようにーーファンクできるようになるんじゃないかと思ってしまいます。それが60歳でも、あと10年もファンクができると思えば、なんか嬉しいじゃないですか。

でも僕、子供の頃はニューオーリンズ・ファンクとか大嫌いだったんですけどね。僕はパンクだったし、その頃のヒッピーと言えばセカンドラインが――ニューオーリンズ・ファンクが本物だとかうるさかったんで、どこがファンクやねんと思ってました。おこちゃまだったから、わかっていなかったんですが。そんななか登場したクラッシュの『London Calling』はびっくりしました。完全にドクター・ジョンの『Dr. John's Gumbo』そのままだったからです。こんなのパンクじゃない、ヒッピーのアルバムだろと嫌悪感を持ちました。

『London Calling』はアメリカの音楽誌「ローリング・ストーン」に80年代のNo.1レコードという称号を与えられるんですが、これはパンクを毛嫌いしていたアメリカの雑誌が、〈イギリスのパンクがアメリカの音楽にひれ伏した。よかった、よかった〉という意味合いも込めていたんじゃないないかなと思うのです。

「ローリング・ストーン」誌がジョー・ストラマーに〈『London Calling』が80年代を代表するアルバムに選ばれた感想は?〉と訊いたら、ジョーは〈『London Calling』はイギリスで79年にリリースしたんだけど〉と皮肉で返したのは、「ローリング・ストーン」誌の〈ロックンロールはアメリカのものなのだ〉という意図を分かっていたからじゃないでしょうか。

『London Calling』や『Dr. John's Gumbo』についてはそんなふうに思っていた僕なんですが、ロンドンに住みだしてから、イギリス人の友達の家に行くとドクター・ジョンのアルバムが普通に床の上に転がっていて、そういうのを聴いてたら、〈ニューオーリンズ・ファンクを聴かないと本物はわからない〉とか日本のヒッピーたちが説教をたれる感じじゃなく、『London Calling』は〈普通にイギリスのアルバムだな、クラッシュが住んでいたノッティングヒル・ゲイトのあの雑多な音なんだな〉と思えてきて、ドクター・ジョンも『London Calling』も好きになりました。リリー・アレンがドクター・ジョンの曲を普通にサンプリングしている感じが、ノッティングヒルな感じなんですよ。

そして、ドクター・ジョンの新作『Locked Down』です。僕みたいな若人に何が言えます。〈良い〉としか言えないじゃないですか。しかも今作はブラック・キーズのダン・オーバックがプロデュースです。「ニューヨーク・タイムズ」が〈深く染み渡る、控えめで低周波のファンク〉と評していますが、そんなことないすよ。熱いすよ。71歳となったいまでも、僕は煮えたぎるようなファンクを、ロックンロールを感じてしまいます。

フジロックの中日のヘッドライナーがまだ発表されていませんが、ドクター・ジョンとブラック・キーズを熱望します。