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ホセ・アントニオ・メンデス

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/05/17   17:28
ソース
intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)
テキスト
text:大須賀猛

フィーリン──キューバ音楽のなかのギター

『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のブームの時も、フィーリンという音楽ジャンル(というか音楽傾向)についてはいまひとつつかみきれなかった筆者だが、そんな一知半解の徒の蒙を啓いてくれたのが07年にリリースされたホセ・アントニオ・メンデスの『フィーリンの誕生』(55〜56年メキシコ録音)だった。キューバ大衆音楽の伝統に1940年代以降の北米ジャズやポピュラー・ソングの感覚(ああそれで“英語”のfeelin'なのか)を加味して新潮流をつくったこの重要人物の、最高傑作といわれる『フィーリンの真実』(57年頃のメキシコ録音)、59年にキューバに戻って録音された『エステ・エス・ホセ・アントニオ』もつい先ごろ発売されている。強烈なリズムや熱っぽい掛け合いが展開するデスカルガ、鄙びた味わいのボレーロなどのよく知られたキューバ音楽とはやや異なり、ホセのヴォーカルはクールで甘く、楽団のアレンジもムーディで、彼が(ナット・キング・コールになぞらえて)キングと綽名されていた理由もわかろうというものだ。

フィーリン探求的には、『真実』後半に発掘音源として収録されたギター弾き語りの12トラックが聞きもの。キューバのトローバ(ギター弾き語り)の伝統につながりつつ、都会的でしゃれた感覚のフレージングは、フィーリンというものの新しさを際立たせている。そのホセのギターの師匠にあたるグユンの唯一のアルバムが『カンタ・エリサ・ポルタル』。女性歌手エリサを起用し、シンプルな編成で、ホセーやセサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスらフィーリン人脈作の楽曲を中心に奏でる。有名曲《タブー》も取り上げているが、アタックの利いた親指のピッキングとジャズ的なコード付けは、聴く者をロマンティックで冷んやりとした夜の闇に誘い込む。

フィーリンはブラジルのボサノヴァに、ホセらはジョアン・ジルベルトに比されることも多い。それに加えて、筆者の耳には、浜口庫之助や沢田駿吾らを通して昭和歌謡や和製無国籍映画にも、フィーリンは転位していると聞こえた。