ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインによるシューゲイザーの金字塔『Loveless』について。ノイズ、ヘヴィー・ロック、サイケデリック、ポップスの頂点である本作のリマスター盤は、ケヴィン・シールズのトラップなのかもしれないーー。
びっくり! 違いがわからん。これはケヴィン・シールズのトラップなんじゃないかと思ってしまう。21世紀最初の大きな謎かもしれませんね。皆さん、どうですか? 買って聴いてみてください。
本当ならあのクジラのような鳴き声がもっとクジラのように聴こえてもいいはずなのに、あのキラキラしたシンセがもっとキラキラしてもいいはずなのに、“When You Sleep”のケヴィンとビリンダのハモリがもっと前に出てきてもいいはずなのに。
何も変わっとらん。俺に違いがわからないだけなのか、とにかくみんな買って聴いてみてくれ。恐くってDisc-2のほうは聴けてません。
でも、今回何十回と『Loveless』を聴いて、『Loveless』が凄いアルバムなんだと初めて気付いた。
僕は『Isn't Anything』派で、みんなが『Loveless』を2000年代の音として再評価しているのが不満だった。『Loveless』は『Isn't Anything』の拡大再生産だろ?と思っていたのです。
でも今回、こうして何回も聴いていると、いままで聴き逃していた音をちゃんと聴くことができて気持ち良かったです。ケヴィンとベリンダのどちらが弾いているのかわからないですが、1曲目“Only Shallow”の、ジャズマスターかジャガーのトレモロ・アームを揺らしながら弾くあのギターが本当に目の前で演奏してくれているかのような気がしました。“To Here Knows When”のゴワーンとした音は、本当にぶっ飛びました。
でもいちばんの感動は、“When You Sleep”は本当に名曲だなということ。涙が出てきました。これは完全にダイナソーJrに勝っているじゃんと思いました。マイブラが出た頃って、こういうヘヴィーでサイケなバンドって、全部USのバンドに負けていたんです。
頂点はソニック・ユースで、その次はバットホール・サーファーズ。そして次がダイナソーJrみたいな感じでした。これらのバンドって、UKで成功したソニック・ユースがUKのレーベルに紹介したアーティストなんですよね。ヘヴィーでハードでアグレッシヴで、ヤバいのは全部USのバンドだったのです。ソニック・ユースの前だとブラック・フラッグですかね。
たぶんUSのバンドはUKのバンドの5倍くらい多くライヴしていたからだと思うんですが。あと、アメリカ人はイギリス人よりもステーキをたくさん食ってるからかなとも思ってました。
でも、ブラッグ・フラッグの前はUKのバンドのほうが凄いハードだったんですよ。キリング・ジョークとか、スージー・アンド・ザ・バンシーズとか、ギャング・オブ・フォーとか。全部USのバンドよりもラウドで、ヘヴィーで、ヤバかったす。デッド・ケネディーズとかおこちゃまみたいな感じだったのです。
ヘンリー・ロリンズは「ワシントンにどんなUKのバンドが来ても、全部バッド・ブレインズがぶっ潰していたけどな」と言ってますけど、ギャング・オブ・フォーとバッド・ブレインズを比べると、どちらがハードだったか微妙ですよ。俺はギャング・オブ・フォーのほうが凄かったと思います。あの頃のキリング・ジョークがもしワシントンに行っていたら、キリング・ジョークが絶対勝っていたと思うし。
UKとUSにはこういう戦いの歴史があるんです。マイブラが出た時、当時の音楽関係者は〈これでやっと俺たちも自分のソニック・ユースを持てた〉と言っていたけど、俺は〈えっ、そうか?〉と思ったんです。
唯一考えが改まったのは、CLUB CITTA'川崎でマイブラの初来日公演を観た時です。あの最後のノイズは本当に凄まじかった。それまで観たどんなハードなバンドよりもヤバかった。僕は、このままこいつら爆発するんじゃないか、と思った。本当に爆発したらおもろかったんだけど。
あの頃のマイブラって、UKだとそんなにいいサウンドシステムの所でやれなかった。それがあのCLUB CITTA'川崎の最高のサウンドシステムで聴いたら、凄く良いバンドなんだと初めて気付いた。
このライヴは海賊盤になってますよね。あの海賊盤はメンバーが出しているような気がして仕方がないんです。あのライヴは本人たちも凄く自慢だったのじゃないかなと僕は思うのです。
僕は、マイブラがどれだけ凄かったのかということをいま改めて思っている感じです。プライマル・スクリームのボビー・ギレスビーがマイブラを愛してやまない感じがよくわかります。マニの代わりにマイブラのデビーをベースに入れたのとか、まさにその感じでしょう。
僕は本当にマイブラにやられてます。これがケヴィン・シールズのトラップだったのかなと思ってます。つべこべ言わずに聴け、お前ら本当はマイブラの本当の姿をわかっていないんだということだったのかなと。
この後、ケヴィンがアルバムを作れないのがよくわかる。『Loveless』はノイズ、ヘヴィー・ロック、サイケデリック、ポップスの頂点なんだと思った。すべての音楽ファンに聴いてもらいたいと思います。