ノスタルジーの向こう側
待たれていたサード・アルバムは、ベルリンで制作されたのだという。かの地で8か月の間、原付バイク〈KR-51〉に跨ってあちこちを走り回りながら吸い 込んだ空気は、このオルタナティブ・チェンバー・ポップ楽団の〈オルタナ〉の部分を大きく膨らませる結果となったようだ。確かに前作の『Arrow』にお いてもワサビを効かせたリズム・アプローチが随所に見られ、世のひねくれポップ好きを喜ばせたものだが、今回の彼女たちの表情はいたってシリアスで、〈遊 び心〉とかいう表現がまったくもって相応しくない様子。まず彼らの顔でもあるノスタルジックな雰囲気を醸すチェンバー・ポップ・チューンが見当たらなくな り、トライバルなリズムが打ち鳴らされる《Bass Face》をはじめ、ブリブリと歪んだギター・サウンドが通低音となったエッジの効いたオルタナ・ポップが増加。優美でドリーミーな感触に代わってダウ ナーなムードが色濃くなっている(柔らかなクレアのヴォーカルと弦楽とのバランスもかなり変化している印象)。《Colder》や《Step In The Gold》などヨーロピアンの香り高いナンバーも目立ち、クレアの父君であるジェフ・マルダーの歌声も聴かれる《Get Down On Your Knees》といったこれまでにないようなスケールの大きさを感じさせる楽曲の存在も印象的。というような従来と異なる音世界においても、独特の浮遊感を 生み出しているのは、やはりクレア・マルダーの個性のせい。多様なタイプの楽曲が並ぶなかで彼女のまったりとした声色はいっそう艶めきを増していて、魅力的だ。何が飛び出すかわからない玉手箱的なおもしろさが際立ったことで、ある意味このバンドの特性が見やすくなったと言えるし、ヴァン・ダイク・パークス が言うところの夢の逃避行を演出する力量は確かにアップしている。この次は、南の島を原付バイクで駆け巡る生活を送りながら作ったアルバムなんてものも聴いてみたい。