西村賢太の芥川賞受賞作品を、「東映仕様の山下敦弘」が斬る!
すべてのレベルが高い! 本当に実力のある者たちが、余計なエゴや力みを一切剥き出さず、持てる実力をフルスイングで発揮したような気持ち良さだ。原作・西村賢太、監督・山下敦弘、脚本・いまおかしんじ、そして主演に『モテキ』で新たなサブカルアイコンとなった森山未來……と、当代きっての「ダメ男子」キャラのクリエイターが集結しているが、仕事ぶりはそろって超イケメン級のプロフェッショナリズムを見せつけている。〈ハイクオリティのダメ男子映画〉という素敵な矛盾(?)に身悶えしてしまう逸品である。
例えば山下敦弘のファンなら、場末の風俗店の前に客引きの男(宇野祥平!)が立っている冒頭のショットから、彼の長編デビュー作『どんてん生活』を想起するはず。しかし初期作品のぬるま湯な脱力ノリとは異なり、今回はやたらフックが強い。それは西村賢太の持つ底辺のやさぐれ感と、東映という会社の不良性感度が山下イズムに変容をもたらし、その核となるキャラクターを、森山未來が全身全霊で引き受けているからだろう。安いメシを下品にかっ喰らい、過剰な性欲をもてあまし、他人を妬みながら不本意な肉体労働で日々をしのぐ、荒んだ青年に生々しく成り切った役者魂が、「東映仕様の山下敦弘」という鮮烈な更新に導いたのだ。
また原作のアップグレードという観点からすると、最大貢献プレイヤーは、いまおかしんじではないか。『たまもの』や『おんなの河童』など、ピンク映画の異才として知られる彼(山下は兄貴分としていまおかを敬愛している)が、孤独な男女の営みをユーモアとペーソスで描出する自らの資質を脚本家としてメジャーな舞台で活かした。その手際に抜群にハマったのが、映画オリジナルのキャラである法政大の学生にして古本屋の店員・康子を演じた前田敦子だ。彼女に迷惑な恋心を抱く貫多(森山)や寝たきりのジイさんを相手に、ほとんどセクハラまがいの芝居を堂々と受け止め、〈脱AKB48〉を決意した女優根性でガチ勝負している。また、原作にも登場する労働現場の同僚・高橋も、マキタスポーツのパーソナリティに沿って見事に脚色。おまけに原作では伏せ字になっていた業界ワナビー女子大生の自慢話の中の人名に、中沢新一と四方田犬彦を当てはめる踏み切り方もばっちり!
他にも高良健吾や柳光石など、絶妙な適材適所を装備しているところに、メジャーとインディーズの垣根が緩やかに溶解した日本映画界の質的充実を感じずにはいられない。そして西村の私小説がいまウケることと関係しているが、本作は80年代を舞台にしつつも、格差や貧困で鬱屈した青春像を通して、ハングリーな現代日本の姿を映し出しているのではないか。ゼロ年代のフラットな友愛や空気系を象徴する作家だった山下敦弘が、いよいよ『苦役列車』でテン年代の過酷なリアルに足を踏み出したのだ。
映画『苦役列車』
監督:山下敦弘
原作:西村賢太『苦役列車』(新潮文庫刊)
音楽:SHINCO(スチャダラパー)
出演:森山未來/高良健吾/前田敦子
配給:東映(2012年 日本)
◎7/14(土)全国ロードショー
http://www.kueki.jp/
©2012「苦役列車」製作委員会