民謡という題材から世界各地の「民」と近代の大衆文化の形成を色鮮やかに浮かび上がらせる23編の論集
我々が「民謡」と呼んでいる音楽は実は19世紀に国民という概念が生成されて行く中で生まれたものだ。音楽という主題が意外にも各国の近代化と「民」の形成プロセスを浮かび上がらせる。細川周平編著 『民謡からみた世界音楽』はそれを物語る力作だ。
ドイツの国民意識の醸造の中で生まれた「民」volkという概念。知識階級にとって「彼らの歌」であった「民」の歌が「我々の歌」として形成されていく。「民謡」はこうして生まれ、英国でfolk songと訳されて後、大英帝国と共に地球上に近代が展開する中で世界各地で「民謡」が形成されていく。植民地では統合としてだけではなく音楽が抵抗とアイデンティティの拠り所となる。そうした多様なプロセスを本書は色鮮やかに浮かび上がらせている。
本書23章の執筆陣の題材は英領インド、アメリカのブルース、アイルランドのバラッド、バルトークとハンガリー民謡、タイのラムウォン、キューバのプント、ベネズエラのホローポ、ハワイのホレホレ節、朝鮮半島、沖縄民謡からジャズ民謡、三橋美智也、現代音楽まで多岐にわたる。
もうひとつ重要な変化は田舎の日常の空気としてあった民謡がメディアに記録されていく面だ。
日本でも民謡は日露戦争前後のロマン主義的な文脈から盛んに作詞編曲され、レコードとして「新民謡」や「正調」が誕生し広まって行く。民謡がホールで唄われるようになり、その本質を考えれば本来あり得ないはずの「正装」「正統」が生まれ、野良着仕事着で唄われていた民謡が大正期には紋付袴姿で唄われるものとなっていく。
「伝統」と考えられているものの多くが実は国民意識の形成という極めて近代的な現象の一貫であった事がこれから様々な分野で明らかになるだろう。近代という巨大だが人類史上では瞬きのようなサイクルが終演を迎えた今、その形成プロセスがその背後に持つ真に豊かな世界と共に色鮮やかに見渡せる。民謡というのは案外その絶好の主題なのかもしれない。