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小野幸恵『幸四郎と観る歌舞伎』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/09/03   20:56
ソース
intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)
テキスト
text:渡部晋也

歌舞伎を愛する女性によって書かれた本物の歌舞伎の本

芸能やアーティストに限ったことではないけれど、評論家やライターが取材対象について文章を書き紹介をするという作業には、ある程度の「熱意」が必要だと思う。それをどのくらい、そしてどんな具合で文章ににじませるかが、書き手の個性となるのだろう。

本書は歌舞伎や文楽、日本の伝統音楽について造詣の深い著者によるものだが、最初から最後までものすごい「熱意」とその源である「愛情」が溢れているのを感じさせる1冊。例えば初めの項である「忠臣蔵」に関する部分でも、まず物語の題材になった播州赤穂の浪士達による主君の仇討ち事件が、当時の社会でどのように採り上げられ、いくつもの物語ができあがり、そして「仮名手本忠臣蔵」になったか。さらに昭和になって作られた「忠臣蔵」や、講談への派生などへと書き進んでいく。その隙間に、定九郎の形を作った中村仲蔵や、松の廊下のふすま絵についてなど、細かな話題が詰め込まれている。その地聴きの深さに脱帽すると同時に、歌舞伎に対する愛情の深さに頭が下がる思いがする。

さらに本書はタイトルに「幸四郎と観る」とあるように、本書には当代の人気俳優、松本幸四郎が語る歌舞伎や作品への想いも盛り込まれている。幸四郎といえばテレビドラマや「ラマンチャの男」など歌舞伎以外の活躍も多いが、だからといって歌舞伎を軽んじている訳ではなく、むしろ根っからの歌舞伎俳優。ここに収められた幸四郎の言葉を読んでいると、幸四郎がいかに歌舞伎について考え、そして行動しているかが理解できる。さて、前書きで幸四郎は本書に関して、「歌舞伎を愛する女性によって書かれた本物の歌舞伎の本」と評しているがまさにその通りだろう。しかも冒頭で書いたとおりその想いは怒濤の如く読み手に迫ってくる。生半可な覚悟では受け止めきれないかもしれないが、逆に言えばこの一冊で歌舞伎に対して相当な知識と理解力が得られるはず。結構ヘヴィーな入門書ではあるが、歌舞伎に興味ある人は是非。