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完全復活したデヴィッド・バーンとセイント・ヴィンセントのコラボ作

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2012/09/19   17:58
更新
2012/09/19   17:58
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文/久保憲司


ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、デヴィッド・バーンとセイント・ヴィンセントのコラボ・アルバム『Love This Giant』について。さまざまなコラボ作を通じてどんどん元気になっていくデヴィッド・バーン。このセイント・ヴィンセントとの作品でも、彼女の変態ポップな作風をよりファンキーで、ミステリアスな音楽に変えていて——。



セイント・ヴィンセントから「デヴィッド・バーンとアルバムを作っているの」と聞かされたときは、〈さすがスケベ親父、やるな〉と思った。僕がデヴィッド・バーンだったら、セイント・ヴィンセントみたいな知的で美しい女性と絶対やるにきまっている。やるって、さっそく下ネタから入ってすいません。

デヴィッド・バーンがスケベ親父かどうかは知らないですけど、ルー・リードがローリー・アンダーソンと付き合ったようにデヴィッド・バーンもシンディ・シャーマンと付き合って、同じような道を歩いているな……と思っていたら、デヴィッド・バーンはセイント・ヴィンセントとアルバム制作ですよ。メタリカより正しいと思います。

で、このふたりのコラボ作品、素晴らしいです。特にバーンが良い。たぶんバーンが手掛けていると思われる管楽器のアレンジが、ファンキーで気持ち良いのです。このへんの感覚は『Rei Momo』でブラジルのミュージシャンとやってきたデヴィッド・バーンならではという感じです。知的なだけじゃないんですよね。何がファンキーなのか、本当によくわかっている人なんですよね。

変態ポップをやりながらも、どこかアメリカンでホワイティーな感じになりがちなセイント・ヴィンセントの音楽を、デヴィッド・バーンがよりファンキーで、よりミステリアスな音楽に変えてくれています。セイント・ヴィンセントがもともと持っていたものなんですけどね。それを明確にしたという感じです。

アメリカ南部のジトッとした汗の感じ、ノーマン・メイラーな感じ……ノーマン・メイラーは南部じゃないか。登場人物が南部の人の作品とかありますよね。ウィリアム・フォークナーとかそんな感じでしょうか。映画で言うとポール・トーマス・アンダーソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」やコーエン兄弟の「ノーカントリー」みたいな、アメリカの不思議、狂気、暴力を感じるのです。

“Who”のPVも白黒で南部な感じです。ノスタルジックなだけで、南部じゃないかもしれませんが。

デヴィッド・バーンはそんな場所で、あの踊りをします。あんな踊りを南部でやったらすぐに撃ち殺されますよ。ちなみにあのデヴィッド・バーンの変な踊りはタケノコ族を見て思い立ったそうです。バーンはバンドのメンバーに何も言わず突然あの踊りをやったそうで、その時メンバーは彼が気が狂ったのかと思ったそうです。

そんな踊りを、若いセイント・ヴィンセントとやっていて、デヴィッド・バーンは嬉しそうです。とにかくデヴィッド・バーン、元気そうです。いや違った、上手くコラボしてます。

セイント・ヴィンセントと話していたら、ふたりでスタジオで作ったというよりも、ネットで音源を交換しながら完成させたような口ぶりだったのですが、その頃はこのアルバムについて喋ってはいけなかったみたいで、詳しくきけなかったのです。だけど、こんなに凄いアルバムが出来るんだったら、もっと制作過程を訊きたかったです。

僕はデヴィッド・バーンがどんどん元気になっていっている感じが好きです。ちょっと前は自転車にハマって、NY中を自転車で走り回ってそれを「ニューヨーク・タイムズ」に〈自転車コラム〉として連載したり、〈ビルディングのための音楽〉と題したインスタレーションをしたりして〈終わっちゃたのかな〉と思ったりしていたのですが、久々のブライアン・イーノとのコラボ作『Everything That Happens Will Happen Today』やこの『Love This Giant』、そして今回セイント・ヴィンセントとコラボするきっかけとなったファットボーイ・スリムとのコラボ作『Here Lies Love』——元フィリピン大統領夫人のイメルダ・マルコスの栄枯盛衰をミュージカル作品にしようとした作品もよかったです。デヴィッド・バーン、完全復活しているような気がしているんですよね。このパワーでトーキング・ヘッズも再結成してもらいたいんですが、いろいろと大変みたいですね。ティナがけっこう色々とメンドクサイという噂をききました。どうなんでしょう。

でも、セイント・ヴィンセントともライヴ・ツアーするみたいですね。元気一杯なデヴィッド・バーンが嬉しいです。

この名盤をデヴィッド・バーン目線で語ってしまいました。本当はこのアルバムでのセイント・ヴィンセントの良さも書きたかったのですが、すいません。そのへんは皆さんで確認してみてください。本当に素晴らしいコラボです。