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クリック・ハウスの象徴にしてクリック・ハウスを超えた天才、リカルド・ヴィラロボス

連載
Y・ISHIDAのテクノ警察
公開
2012/10/09   17:00
更新
2012/10/09   17:00
テキスト
文/石田靖博


長年バイイングに携わってきたタワースタッフが、テクノについて書き尽くす連載!!



全国のテクノ好きの皆さま、おっまた〜。今回は待ちに待ったという言葉が相応しすぎる巨星中の巨星、リカルド・ヴィラロボスを紹介! このコラムの読者にヴィラロボスを説明することは野暮の極みなので詳細は各自調査ですが、一言で言えば〈クリック・ハウスの象徴、だけど異端〉でしょう。そのヴィラロボスのオリジナル・アルバムとしては8年ぶりとなる新作『Dependent And Happy』がリリースされるこのタイミングで、ヴィラロボスの何がスゴいのか、ポイントを挙げて検証しよう!

ヴィラロボスがクリック界で神格化されるなかでポイントとなった2つの重要作がある。まずは2006年のシングル(とはいえ2曲で70分超えという大作だが)“Fizheuer Zieheuer”と、2008年に自身のレーベル、セイ・エス・ドラムからリリースしたシングル“Enfants”である。“Fizheuer Zieheuer”は骨格のみのビートの上を不穏な空気を漂わすバルカンチックなホーンなどトリッピーなウワモノが走馬灯のように浮かんでは消える凄まじい曲であり、一方の“Enfants”は、〈子供の合唱〉という一般的には微笑ましい素材から百万光年離れたムードの、何語かわからぬ合唱がトラウマ級に突き刺さる、とんでもない曲。この2曲に共通するのは、得体の知れない雰囲気と色気だ。この感じはこれまでのクリック・ハウス〜テクノにはなかったので、そこがヴィラロボスの存在がフレッシュに感じられた要因の一つでもあろう。

また、”Fizheuer Zieheuer”はバルカン・ブラス・バンドのアンサンブル・バキージャ・バキカの“Pobjednicki Cocek”を、“Enfants”はプログレ・バンドであるマグマの中心人物=クリスチャン・ヴァンデの“Baba Yaga La Sociere”(ヴァンデの創作したコバイア語を子供たちが合唱)を、というふうに、実は2作品共にキモはサンプリングで構築されている点こそが、一見天然に見えるヴィラロボスの音楽的引き出しの多さと審美眼のスゴさの裏付けなのだ。さらには、クリック・ハウス〜テクノ界のアーティストのなかでは古典的な音楽への愛情と造詣が深く、名門ECMの音源やテクノの源流としていまだに燦然と輝く名作『Zero Set』の続編『Zero Set 2』のリコンストラクトを手掛けていたりもする。

また、デジタル最先端のイメージが強いクリック・ハウス勢のなかでも、アナログへの偏愛が際立っているという特徴もある。前述のセイ・エス・ドラムからの作品がアナログのみの(CDすらない!)形態で、かつヴィラロボス単独でのデジタル・リリースはほぼないという点、そしてDJにおいてもCDすら使わぬアナログ純血主義ぶりは、〈ひょっとしてデジタル・ツールは使えないんじゃないの?〉という疑惑が立ち上るほどのレヴェルである。

そしてもう1点、クリック・ハウス〜テクノ界には珍しいほどのワイルドさがある。それまでのテクノDJはTシャツ姿がほとんどであったなか、無精髭、ボーダーのタンクトップでケツをクイクイ振りながらプレイに勤しむヴィラロボスの姿に筆者は〈こりゃアレだ……〉と思わずニヤニヤしてしまい、後にヴィラロボスに子供が生まれたニュースを聞いて何とも言えない気持ちになったというのもいまは思い出。ちなみにアナログ純血主義、そしてテクノらしからぬワイルドさ、この2つに関しては田中フミヤもバッチリ当てはまるので、この2人が盟友になるのも至極当然の流れであろう。

結論的なものをまとめれば、ヴィラロボスにとってクリック・ハウスは〈手段〉であって〈目的〉ではない。彼のめざすものは、リスペクトする古典ロックやジャズに充満していた〈空気感〉なのだろう。だからハード/ソフトウェアの進歩に従随することなく、自分にとって必要なアウトプット=アナログを使用するというシンプルな話なのだ。だからこそ、ヴィラロボスの音には唯一無二の〈不穏感〉と〈色気〉が充満しているのだろう。

新作『Dependent And Happy』は、もともとアナログ盤5枚・全14曲というヴィラロボスらしいリリース形態だったものから11曲をセレクトしてミックス仕様にしたアルバムであり、掛け値なしの傑作である。全曲がハイライト級だが、”I’m Counting”において完璧なタイミングで出てくるコンガの音、”Put Your Lips“での女声ループとフィルターがかかった男声ループが被さり、男声ループが抜けた瞬間に挿入されるベルの音などに顕著な音の抜き差しの名人芸ぶり、”Tu Actitud”におけるクラヴィネットのようなフレーズの超絶なカッコ良さと音選びのセンスはあえて言及しておきます。



PROFILE/石田靖博


クラブにめざめたきっかけは、プライマル・スクリームの91年作『Screamadelica』。その後タワーレコードへ入社し、12年ほどクラブ・ミュージックのバイイングを担当。現在は、ある店舗の番長的な立場に。カレー好き。今月のひと言→久々すぎてトピック早送り。〈FREEDOMMUNE〉はメルツバウが最高すぎて泣きました。〈WIRE〉の個人的な優勝アクトはレボレドでした。配信のみだけどミート・ビート・マニフェストの空前絶後の大名盤『Storm The Studio』のリマスターに心がざわめく(ライヴを観たときの自慢話をしたい今日この頃)。