Fatal Beauty/致命的美
ドキュメンタリーの中での小話。話しているのは、このドキュメントの主人公であるジャズピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニ。「足のない犬がイモムシみたいにテーブルに転がっているんだ、プードルさ。そこに二人の男が通りかかって、犬を見つける。『かわいいね』。『うん、名前つけようか』。『呼んでも来ないけどね』」といのがオチだった。一瞬、『ミシェルがいい』という残酷なオチを彼自身が口にするのではないかと、どきどきした。生まれた時にすでに体中の骨が折れていたという。骨形成不全という難病とともに生まれて、1メートルという高さから、世界を見つめ、聴き、触れた。
ミシェルは、四歳のときにテレビで見たエリントンに影響されて、ピアノが欲しいとおもった。しかし彼は母が買ってくれた玩具のピアノを壊してしまう。母が本気にしていないと思ったから、本物のピアノを手に入れるために玩具を壊してしまうのだが、それともうひとつの理由は、「時間が惜しいとおもった」からだ。確かに障害を背負った彼には、時間がなかった。36歳で彼が他界するまでの時間は、この映画の長さのように、おそらくあまりに短く、濃密だったのだろう。
他界する前に本人を取材する機会があった。スティーブ・ガッドとアンソニー・ジャクソンのトリオでブルーノート東京に来演したときだった。たしか、取材はライヴを観た翌日だった。開放的で、人との会話を楽しむ人だと感じた。「南仏出身だから話は半分に聞いた方がよいよ!」なんていう冗談で雰囲気を和ませる、随分繊細な人だと思った。取材はピアノの音のことと、随分様変わりした彼自身の音楽のことが中心だった。「ピアノを弾くのは骨が折れる」と笑わせてこちらが「でもハードな音ですがラウドではないですね」、というと真剣な顔で「そうなんだ、演奏で一番気を使っているのはそこなんだよ」と一気に音楽の話に熱中する。「スタン・ゲッツや、リー・コニッツ、それにアストル・ピアソラの音楽からそれを学んだよ。ピアノはね、背筋を使ってタッチをコントロールするんだ」。ある調律師が「ピアニストは、どんなピアノを弾いても自分の音にピアノの響きをかえてしまう」といったことがある。これは、ジャズでよく言うようなスタイルやアプローチのことではない。ピアノのサウンドの変化のことだ。整体師が人の身体をほぐすように、ピアニストがピアノに触れれば、ピアノは演奏者の身体に合わせ響き始める。ピアノは彼の1メートルという身体に共鳴し、ジャズをかつてないビッグサウンドで満たし、マッチ売りの少女が灯をともすマッチのように、ミシェルに強靭な身体の幻視を与え続けた。彼が最後のマッチを擦ったとき、玩具のピアノを壊して手にいれたものすべてが映っていただろうか。映画はジャズメンらしい晩年のエピソードで終わる。
映画『情熱のピアニズム』
監督:マイケル・ラドフォード
出演:ミシェル・ペトルチアーニ/チャールス・ロイド/アルド・ロマーノ/リー・コニッツ/他
配給:キノフィルムズ(2011年 フランス・ドイツ・イタリア)
◎10/13(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!
http://www.pianism-movie.com