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矢沢朋子『仏欄西幻想奇譚/Playing in the Dark 』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/10/19   11:57
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
text : 相原穣

世紀末の美から立ち昇る現代の響き

19世紀末から今に至るまで、芸術音楽はめまぐるしく変わってきた。それはある意味、否定の積み重ねだったと言える。だが、現代音楽のスペシャリストであるピアニストの矢沢朋子がリリースした『仏蘭西幻想奇譚』は、そうしたラディカルな転変を離れて貫く別の脈流へと、聴き手をいざなう。

略歴によれば、桐朋学園大学を経て、パリ・エコール・ノルマル音楽院に留学。そこで、クロード・エルフェを紹介され、現代作品の演奏と楽曲分析を学んでいる。1997年にクセナキスが京都賞を受賞した際に 《ミスツ》を演奏するなど、確かな技術と優れた解釈への信頼も高く、内外の作曲家からの曲の提供も少なくない。アルバム中のミュライユ作品もその一つ。自らが主宰する『Absolute-MIX』と銘うったコンサート・シリーズでは、先端的なエレクトロニクス・シーンとのコラボレーションを展開してきた。

今回のアルバムは、中世以来魔法薬として伝承されてきた植物の名を掲げた1993年のミュライユ 《マンドラゴール》を俯瞰ポイントとして、19世紀末から20世紀初頭の幻想世界へと降りていく。秘密結社のために書かれたサティの曲や、神秘主義者で知られるスクリャービンの曲、あるいはベルトランの詩に感興を得たラヴェルの曲を見れば、文学的主題を想起させるが、ドビュッシーの曲を加えたことで、アルバムの射程は別の次元へと広がった。思えば、この百年余りは一貫して「響きの時代」でもあったのだ。作曲家たちは、響きの形象そのものに、自らの精神や信念を託してきた。それは、冒頭のペルトの曲から漂う鐘の音の静謐さに象徴されるが、矢沢朋子の繊細にして思索的なドビュッシーに耳を傾けていると、音響に革命を起こしたこの作曲家が、最晩年に「エチュード」の名を借りて結晶化させた世界も、同一地平線上に浮かび上がってくる。示唆に満ちた曲目構成は、自在な視点があってこそ。その中で、現代作品で培われたシャープな感性が美しくきらめいている。