〈ヤファイアン・ミュージック〉の深い味わいに舌鼓!
コンスタントに良質な音楽を作り続けているがゆえに、かえって大きな注目を浴びにくいことが、音楽シーンには往々としてある気がする。BEGINもおそらくそのひとつで、昨今では本人たちが、高い知名度とCDセールスが一致しないことを自虐的にネタにしてもいるようだ。確かにバンド名は誰でも知っているが、知っている曲は?というと、パッと挙がるのは“恋しくて”や“涙そうそう”、“島人ぬ宝”、最近なら“笑顔のまんま”あたりなのかもしれない。それは主に沖縄音階を使う沖縄のバンドとしてのBEGINのアイデンティティーだが、彼らの音楽性はローカル性に根差しつつも、もっともっと驚くほどに自由なものだ。
ニュー・アルバム『トロピカルフーズ』は、オリジナルとしては3年2か月ぶりの作品となり、全体のテーマは〈音楽旅団〉と〈ヤファイアン・ミュージック〉。前者はBEGINの結成当初からのメイン・テーマであり、後者は島唄、ハワイアン、カントリーなど多様なスタイルをチャンプルーした音楽を指す造語で、近年彼らが好んで口にするキャッチフレーズだ。そこに〈トロピカル〉なイメージが加わって、アルバム全体の印象はハッピーで明るく、そしてちょっぴり哀愁が漂っている。また録音も素晴らしく、演者の思いがリスナーの心へ直接届くのに理想的な音と空気が盤に閉じ込められているのだ。
オープニングを飾るのはハワイでライヴ録音された“ウルマメロディー”。ゆったりとしたシャッフル調のリズムにアコーディオン、ウクレレ、彼らのオリジナル楽器である〈一五一会〉などの音が絶妙に混ざり合った、ヤファイアン・ミュージックの象徴的なナンバーだ。続いて2曲目“砂糖てんぷら”はニューオーリンズ方面へひとっ飛びして、シンコペーションの効いたゴキゲンなリズムにラテン・パーカッション、ジャズの要素も取り込んだノリノリのサウンドが本当に楽しい……と思ったら今度はナッシュヴィルへ飛び、カントリー・タッチの速いビートにバンジョー、ドブロ(かな?)の乾いた音色がよく似合う“我ったータイムは八重山タイム”へ。比嘉栄昇(ヴォーカル)、島袋優(ギター)、上地等(ピアノ)の3人が順番にヴォーカルを取るという、いままであまりなかったパターンが嬉しい(ちなみに上地は“帰郷”、島袋は“ハレソ”でリード・ヴォーカルを取っている)。さらに“Churrasco(シュハスコ)”はサンバとロックンロールの幸福なマリアージュといった感じで、“帰郷”にはどことなく日本の70年代フォークの要素もあり……と、この調子で紹介していけばキリがない。沖縄音階のナンバーや歌謡曲テイストの楽曲に加え、ざっと並べただけでもハワイアン、カントリー、ニューオーリンズR&B、ラグタイム、サンバ、カリプソ……と世界各地で生まれたさまざまなリズムや音色が、本当に伸びやかにすべての曲のなかで溶け合って、活き活きと息づいているのがわかるだろう。
他の聴きどころとしては、アコーディオンとマンドリンの物悲しい響きがリードする“グッドナイト・アイリーン”(ウィーヴァーズのカヴァーなどでお馴染み)、万感込めたスライドギターが泣ける“想い出のグリーングラス”という2曲の素晴らしい洋楽カヴァーを挙げておこう。それにつけて特筆しておきたいのは、これらスタンダードで歌われる〈故郷〉〈恋愛〉〈労働〉〈娯楽〉といったブルースやカントリーの定番テーマが、彼らのオリジナル曲にも脈々と受け継がれていることだ。ブラジル移民の運命を優しく見つめた“帰郷”や、ひたすら肉料理の美味さについて歌う“Churrasco(シュハスコ)”のような楽曲がサマになるグループはなかなかないだろう。サウンドだけを借りてくるだけでは、この味わい深さは決して出すことはできないはずだ。
つい頭でっかちになりがちな〈ルーツ音楽探求〉を、聴覚だけではなく味覚や嗅覚まで使ってやってのけるBEGINのヤファイアン・ミュージック。この楽しさを彼らのコアなファンしか知らないなんて、もったいなさすぎると思わないか?