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オタール・イオセリアーニ『汽車はふたたび故郷へ』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/11/02   22:13
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
text:高野直人(秋葉原店)

〈人生の達人〉イオセリアーニが、初めてその実人生を重ねた「半自伝的映画」

旧ソビエト連邦の構成国のひとつでかのスターリンの出身地でもあった1991年に独立した共和制国家は、一般的に〈グルジア〉と呼ばれている。但し当の政府は、英語読みの〈ジョージア〉の表記を日本政府に要求しているのだという。それに対して、本稿の主役、巨匠オタール・イオセリアーニは、彼の故郷を〈ゲオルギア〉と表記して欲しいという。ソ連が消えたのだから、ロシア発音の〈グルジア〉はやめて、現地の発音の〈ゲオルギア〉にするべきだ、というのである。

上記は、13年前の映画祭で幸運にも拙者がティーチ・インで見ることが出来た光景である。自身の映画の登場人物のようにワインが好きそうでユーモアに富んだ、そして非常にインテリジェンスなご老人が、挨拶の冒頭で先述の〈ゲオルギア〉と発音して欲しい旨を伝えたのだった。その時の、イオセリアーニの〈意志〉の力が持つ凄みみたいなものの迫力に圧倒されたのを憶えている。勿論、以降のトークは司会者等含め全て〈ゲオルギア〉で統一されたことは言うまでもない。

物語は〈ゲオルギア〉から始まる。映画監督をしている主人公は、作る映画作る映画が検閲で上映禁止。しまいには、監視・盗聴・投獄・暴行へと発展し、自由を求めフランスへ亡命を果たす。フランスはパリで映画を撮り始めるも、今度は商業性を求めるプロデューサーとの闘いが待っていた…。

それは、そのまま79年にフランスへ拠点を移したイオセリアーニの変遷でもある。厳しいシチュエーションもありながら、映画は常にユーモラスで笑いが絶えない。その大らかな豊かさを、芳醇なワインのような味わいだというのは確かにその通りだとは思う。

但し、本作は〈グレゴリア〉の表記にして欲しい、と語った時のイオセリアーニのような怒りにも似た凄みも増していて、そこでも参りました、となるのである。

最後に、これほどの傑作を撮りえているイオセリアーニには、映画と違って〈人魚〉は不要だと思うのだが、それについては映画を御覧頂いて判断していただければと思う。