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NHKドラマ10『はつ恋』

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公開
2012/12/11   11:54
ソース
intoxicate vol.101(2012年12月10日発行号)
テキスト
text:本村好弘

©2012 NHK

時を経て紡がれる切ない恋のものがたり

『For You』(95)『Age,35恋しくて』(96)『やまとなでしこ』(00)『ハケンの品格』(07)『ドクターX~外科医・大門未知子~』(12)など、さまざまな女性像を描くことで年齢を問わず女性層に幅広く支持を得ている人気シナリオ作家、中園ミホのオリジナルストーリー。本年、5~7月にNHKドラマの新基軸、『ドラマ10』で8話にて放送され反響を呼んだ。

女性のみならず男性もハマること間違い無いのでネタバレしない程度に、テレビを見逃した方に掻い摘んで物語のさわりをお伝えすると…

村上緑(木村佳乃)は、様々な理由で失語症となった人々から言葉を取り戻してゆく仕事・言語聴覚士として充実した日々を送っていた。裕福とは言えないが、保険会社に勤める年下の夫・潤(青木崇高)と、小学校入学を控えた息子の健太(里村洋)との家庭生活は、正に幸せそのものを絵に描いた様なものだった。そんなとき緑は、極めて難易度の高い肝臓癌と診断される。夫である潤は、死に物狂いで、スーパードクター探しに奔走するが、手術を成功させられるのは、パリで活躍する日本人医師だけだと知る。潤の必死な懇願もあり、緑は日本人医師との面会が叶うが、その日本人医師こそ緑の辛い初恋の相手・三島匡(伊原剛志)だったのだ。“医師になったら迎えに来る”と言う匡の約束を信じて裏切られた経験のある緑にとって、その再会は受け入れ難い衝撃的なものであったが、緑は愛する家族のために、病理に蝕められた身体を匡に委ねることを決意する。癌を宣告された彼女を唯一救えるのは、辛く悲しい思い出のある初恋の人……そして、甘く、切なく、狂おしい大人の恋がまた始まるのだった―。

ルイ・アラゴンでは無いが、誰しもが思うこと。時の流れほど、残酷なまでに、自分の輝かしい青春の時代を生活という鏡にさらけ出させてしまうものは無い。青春の時間を振り返るとき、人はどうして心を掻きむしられる想いに駆られるのだろう。我々は時折、夢想に耽る“もしも、あの時代にもう一度戻れるなら…”と。このドラマは、観るものが切ない青春の記憶を甦らせる甘いフレグランスを最大限に引き出させてくれる。そうして、このドラマで印象的に使用されているスティービー・ワンダーの《ステイ・ゴールド》も同様に主人公たちにとっては、狂おしい程に胸を掻きむしられる甘い香水に他ならない。

物語のヒロインの職業が、言語視覚士というのも面白い。記憶を失ったカスパー・ハウザーが言葉を取り戻してゆくのと同時に悲劇が始まった様に、言葉というものは、自分が重ねて来た人生経験そのものだ。またこのドラマのロケーションとなっている富士の風景が、過ぎ去った青春の“時”を誘う物語そのものの導入的な役割を果たしている。唯一無二の存在であり、人間の時間の流れを超越した象徴としての富士の山が、このドラマを単なる中年の恋愛ドラマでは無い事を証明してくれるかの様にどっしりと構えている。

脇を固めてくれる演技陣は、控えめながらも主人公たちの心境の移り変わりに厚みを与えてくれる。特に、先の朝ドラでテレビにも登場する様になった自由劇場出身の串田和美は、優しく厳しい緑の父親像を、言葉は少ないが絶妙なまでに表わしている。さらに、緑の担当するリハビリ患者役の大竹まことも、失語症という難しいキャラクターをうまく演じ、主人公たちの心の推移を、さりげなく見守りながらも、登場人物たちの客観的な時間の経過を説明するステージマネージャーとしての役割も見事に果たしている。渋い二大演劇人の競演と言ったところだ。

~時は過ぎ去ってしまうかも知れないが、
あのときの事さえ想っていれば、
私たちの素晴らしい場所や場面と共に、
私たちもまた輝いているだろう……~

12月5日、DVDとブルーレイにて発売。収録はNHKプレミアムで放送されたディレクターズカットでのリリース。