小説から理想の彼女が飛び出した!? フィクションとリアルを行き交う摩訶不思議なラヴストーリー
もしかしたら、人は同じ相手に二度恋をするのかもしれない。片思いの時には相手のことをあれこれ想像して恋をして、運良く付き合うことができたなら、今度は相手のことをより深く知って愛するようになる。ともあれ、片思いの時は相手に幻想を抱いてしまうもの。そこに現実が入り込んできた時、様々なドラマが生まれる。そんな恋愛のプロセスを、ちょっと風変わりなシチュエーションで、切なくユーモラスに描いたのが『ルビー・スパークス』だ。
天才作家として華々しくデビューしながら、それ以降、10年間も新作が書けない小説家、カルヴィン(ポール・ダノ)。すっかり自信を失ったカルヴィンは周囲に心を閉ざし、恋人はおろか友人さえいない。そんなある日、カルヴィンは素敵な女の子の夢を見る。彼女のことが忘れられなくなったカルヴィンは、彼女に〈ルビー・スパークス〉と名前をつけて、彼女をヒロインにした小説を書き始めることにした。それ以来、小説を書いている間は、カルヴィンにとってルビーの存在を身近に感じる至福の時間だった。ところがある朝、カルヴィンが目覚めると、キッチンには当たり前のように料理をしているルビー(ゾーイ・カザン)がいた! そして、ファンタジーとリアルの間を綱渡りするような奇妙なラヴストーリーが始まる……。
フィクションの世界から飛び出してきた恋人、といえば、孤独なヒロインの前に映画からお気に入りの登場人物が抜け出してくる『カイロの紫のバラ』を思い出したりもするけれど、『ルビー・スパークス』には、とんでもない〈隠しワザ〉がある。なんと小説で書いたとおりに、ルビーのキャラクターを微調整できるのだ。つまり、タイプライターを使って、完璧なガールフレンドを作り出すことができるというわけ。でも、この隠しワザがあることで、カルヴィンは本当の恋愛をすることができなくなってしまう。
初めて出会った頃、カルヴィンは今のままのルビーでいてほしいと願ってタイプライターを封印する。ところが、ルビーが外の世界に興味を持ち、外出しがちになるとカルヴィンは嫉妬して、ついにタイプライターを使用。「ルビーはカルヴィンなしでは生きて行けない」と打ったとたんに、ルビーは飛んで帰ってきて、トイレの間も手を離そうとしない。それ以降、恋愛が進行するにつれてトラブルが発生し、その都度、カルヴィンはルビーに手直しを加えるが、ルビーは完璧になるどころかカルヴィンにとって遠い存在になっていく。 ルビーを通じて女性の様々な面を表現するゾーイ・カザンは本作の脚本も手掛ける才女で、ポール・ダノとは実際に恋人同士。さらに本作が『リトル・ミス・サンシャイン』以来6年ぶりの新作となるジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督は夫婦であり、二組のカップルが軸になっているだけあって、恋人たちの機微の描き方は絶妙だ。
映画の冒頭、ルビーが自分の妄想ではなく、実在していることを知ったカルヴィンが、喜びのあまり彼女をマネキンみたいに肩に担いで街を駆け出すシーンがあるが、それ以降、彼女はカルヴィンにとって恋人でありながら、どこか生きた人形みたいだ。言ってみれば、調教に無抵抗な『マイ・フェア・レディ』。でも、お互いに何度も衝突し、相手の苦手なところを許して受け入れることが恋愛の最大の試練でありクライマックスだ。だからこそ、一方的な修正を続ける限り、カルヴィンは本当の愛に巡り会うことはできない。そんなカルヴィンが最後にくだした大きな決断は、きっとカルヴィンにとって初めての心からの愛情表現であり、同時にこれまで他者を拒んできた自分を解放することでもあったのかもしれない。恋することの愚かさ、そして、幸福が詰まった本作は、恋愛講義にはうってつけのテキスト。映画を観れば恋がしたくなり、恋をするほど、この映画が観たくなるはずだ。
映画『ルビー・スパークス』
監督・脚本:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
脚本:ゾーイ・カザン
音楽:ニック・ウラタ
音楽スーパーバイザー:ダン・ウィルコックス
出演:ポール・ダノ/ゾーイ・カザン/アントニオ・バンデラス/アネット・ベニング/スティーヴ・クーガン/エリオット・グールド/クリス・メッシーナ/アリア・ショウカット/アーシフ・マンドヴィ/トニ・トラックス/デボラ・アン・ウォール
配給:20世紀フォックス映画(2012年 アメリカ 104分)
◎12/15(土)よりシネクイントほかにて全国順次ロードショー!
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