談志師匠が亡くなって早いもので一年が過ぎました。折りしも、『映画 立川談志』が上映されています。落語二席を中心に、柄本明のナレーション、プライベート映像を絡めたドキュメンタリータッチの作品に仕上がっています。
この映画をはじめ映像作品の音のお手伝いをしていましたから、師匠の映像は良く見ていたのに、試写会で観た立川談志に圧倒されました。生の高座同様に、映像に集中出来る映画は、テレビで見るそれとはやはり違います。繊細な表情の変化、ちょっとした動作まで、見事に伝わって来るのです。落語は「やかん」と「芝浜」という、対照的な二席が楽しめます。「やかん」は立川談志の思考回路の詰まった噺と言われ、「談志の落語論」 とか「イデオロギー」とも言われます。その意味でも立川談志を語る上でまず第一に挙げるべき作品、そこにいるのは隠居さんではなく立川談志、 なのにそれは落語の域をはみ出していない、不思議な空間にいつもながら引き込まれてしまいます(晩年の名演は、「立川談志公式追悼盤家元自薦ベスト」(キントトレコード)に収録されています)。
映画のもう一席は「芝浜」です。これは2006年に三鷹公会堂で収録したもので、落語の神が舞い降りたと言われた2007年よみうりホール 口演(「談志大全(上)」に収録)の前の年のものです。私は談志師匠の「芝浜」は決して好きではありません。しかし、2005年のよみうりホール公演(「談志大全(下)」に収録)の時、好きでは無い演出のはずなのに、何故か納得させられてしまいました。この2006年三鷹のものは、それを更に上回る好演です。私の好みは、新しい演出の2007年版ですが、従来の型の「芝浜」が好みの方にとっては、この2006年版が一番かもしれません。しかし、今改めて見ると、2007年に昇華する演出の布石がここにはあるように思えます。とにあれ、改めて談志師匠と対峙することの出来たこの映画は、立川談志の凄さを今更ながら感じさせてくれた次第です。
さて、談志亡き後、新たに発売された作品はまだ多くありません。追悼盤として発売された前途の「自薦ベスト」CD、テレビ番組を中心とする ドキュメントと落語を収めた「情熱大陸+立川談志」(ポニー・キャニオン)がDVDで、また、小学館から発売されていたCD付ウィークリー・ マガジン「落語昭和の名人」シリーズでは、シリーズ最後の締め括りに「大トリ・立川談志」として、「源平盛衰記」「小猿七之助」「勘定板」の 初出音源三席。その内の二席は、初めて寄席定席の音が収録されました。そんな中、11月24日発売の「談志大全(下)」(竹書房)は、初の大物セット物と言えましょう。2010年に発売された上巻に収録されなかった演題を主に、35演目が並ぶDVD10枚組。21世紀の談志落語の集大成で、映像もハイビジョン世代の物が中心となって精緻な映像で楽しめます。2005年の「芝浜」をはじめ、大ねた「文七元結」、「野ざらし」「源平」「金玉医者」などの十八番、上演回数の少ない「笠碁」や「千早振る」の名演などが見もの聞きものです。
また、立川談志を追体験するにふさわしい、再発売物も盛んです。コロムビアからは、「談志ひとり会」のCDが遂にバラで揃いました。 1965年に始まった「談志ひとり会」は、これまでの常識にない、自身の企画による、ショーの要素を含んだ独演会でした。この時立川談志は弱冠29歳、その模様を録音テープに残したのです。この素材を「立川談志の落語家としての変遷のドキュメント」として世に出されたのは1996年の事。談志落語は、今までLP・カセット時代に商品化された物が極端に少なかっただけに、当時大きな話題になりました。その後一年に1セットずつ、10枚組ボックスで、6組登場したこのシリーズですが、ボックスに入っていた特典盤(これがなかなか貴重)はありませんが、バラになったおかげで気楽に好きな演題を買えるようになりました。
落語と言うものは同じ演題でも演者によって味も風味も変わるものです。また一人の落語家でも時期によって場所によって様々に変化するものです。立川談志は、常に変化をし続けました。前途した晩年数年の「芝浜」でさえ毎年変化して行きました。談志の「芝浜」はどう変化して行ったか、1966年(ひとり会第5集)、1982年(ひとり会第46集)、2001年(プレミアムベスト第7巻)の3種を聞き比べるのも一興でしょう。
スタジオ録音された「談志百席」も、ボックスセット5組のうち4組までが、バラ売りされています。「談志百席」の録音時の思い出は、intoxicate vol.95(2011年12月発行) に書きましたが、まだお聴きでない方は、つまみ食いのチャンスです。「落語はやっぱりライヴ、スタジオ録音はイマイチね」と侮るなかれ、この 「百席」録音で構成して晩年の十八番に加わった「青竜刀権次」や「子別れ・下」、結局高座では掛けなかった貴重な演題が蘊蓄と共に収録されています。この噺はこう変えて演じたらどうなんだ、と実践して見せた一味違う演題(「反対俥」「提灯屋」「ん廻し」「置き泥」など)も数多く含まれています。
記録を残す事には前向きだった談志師匠です。膨大な記録がまだ眠っています。まだまだこれからです。来年以降、「あっ!」と驚く様な企画が飛び出すかも知れませんよ。
写真:橘蓮二
スクリーンで観る高座
シネマ落語&ドキュメンタリー
「映画 立川談志」
出演:五代目 立川談志
ナレーション:柄本明
監督:加藤たけし
配給:松竹
◎12/8(土)東劇、なんばパークスシネマ先行公開!
◎2013年1/12(土)全国公開!
http://cinemarakugo-danshi.blogspot.jp/