ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、年末の風物詩・各メディアの2012年のベスト盤企画で上位を占拠しているラッパー、ケンドリック・ラマーのファースト・アルバム『Good Kid M.a.a.D City』について。そこには、良質の青春小説のような、誰もが経験しそうな物語が広がっていて——。
いろんなところで年間ベストが発表されていますが、だいたいどこでも上位にランクインしているのがケンドリック・ラマーとフランク・オーシャン。今年はロック不作の年だったのでしょうか?
いま頃〈ロック〉なんて言葉を使うぼくもおかしいですけどね。海外なんてもう何十年も前から死語みたいです。
ピート・タウンゼントの自伝によると、海外で〈ロック〉という言葉が使われ出したのは「Rolling Stone」や「Cream」などのカウンター・カルチャーのように立ち上がった雑誌が〈ロックンロール〉に意味を見い出しはじめ、それまでの無邪気なダンス・ミュージックとしてのロックンロールと差別化を図るために、批評意識のあるロックンロールを〈ロック〉と言い出したみたいです。
ミュージシャンにとっては凄い迷惑だったみたいです。〈俺たちは普通にポップ・ミュージックやっているのに、突然俺たちの音楽をロックと呼んで、俺たちの音楽で政治や思想を語られても困るんですけど〉みたいな感じだったみたいです。
でも、ピートはこういう評論家の動きをおもしろがって、こういう人たちの意見を聞きながらアルバムを作ろうと思った。それが『Tommy』だったと。
日本はちょうどこの時期にロックが大ブームとなって、いまもロックという言葉が定着しているんだと思います。
海外だと、ロックはパンク、ニューウェイヴ、オルタナティヴ、グランジ、チルウェイブと変化していっているのに、日本はそういう言葉を使いつつも、ロックという言葉(精神性?)が生き残っているんでしょう。
で、海外の年間ベストを見ると、海外ではいつの間にかブラック・ミュージックとの括りもなくなって……いや、この書き方は違うか。いま海外で意識的に音楽を聴いている人たちにとってジャンルという区別は無効となっていて、その結果、今年の年間ベストの上位はケンドリック・ラマーとフランク・オーシャンだったということなのでしょう。
それか、〈こんなのすぐになくなるよ〉と言われていたヒップホップが芸術として扱われるようになったというような気がします。そして、いつの間にか日本でもそういう聴き方をされはじめているということなんでしょう。
でも、そういう人たちのケンドリック・ラマーの批評を読んでいても、なんだかピントがぼけているなと思います。
フランク・オーシャンのことは、なんとなくわかっているみたいですね。彼らも普通にMGMTなんかが好きだということです。プリンスが〈ジョニ・ミッチェルの歌い方もギターも好き〉と言ってみんなびっくりしていた頃とは違うんです、いまは。
そして、ケンドリック・ラマーの評価の高さはついにUSのヒップホップもUKのヒップホップみたいに地に足がついたという感じがします。
もう人がたくさん死んだり、ドラッグで百万ドル儲けたりしなくなりました。ケンドリック・ラマーの『Good Kid M.a.a.D City』は、ストリーツの『A Grand Don't Come For Free』のように、一生懸命貯めた1000ドルが消えた顛末を描いたドタバタ劇のような物語です。USなんで、一人死んでますけどね。コンプトンというUSでいちばん劣悪とされる街の物語ですけど、でも、誰もが経験しそうな話なんです。オカンの車を借りて、コンプトンの街に出た少年が巻き込まれる一晩の物語。それを心配するオカンの留守電とかがいいんです。日本のどこかでも毎晩行われていそうな光景なんです。
オチは「さらば青春の光」に近いんです。「さらば青春の光」では少年が死んだのか、大人になる決意をしたのかわからない感じで終わってますが、『Good Kid M.a.a.D City』のオチも、〈こんな街は嫌だ〉と少年がラッパーになる決心をして出て行くともとれるし、また物語の始まりに戻って、オカンに〈車を貸してくれ〉と頼む場面に繋がる感じもする。それは少年がこの街から抜け出せないようにも感じられる。聴いてる僕たちに投げかけている感じがします。
ケンドリック・ラマーの『Good Kid M.a.a.D City』が年間ベストの上位に輝いたのは誰もが体験しそうな物語をしっかりと描いたからなんだと思います。良質の青春小説なんです。