「3度」がうつくしくひびく調律、そしてこれまで耳にしたことのなかった音のたたずまい
79分38秒、充実した体験だった。
アンドレア・パドヴァによる《ゴールドベルク変奏曲》。
1962年生まれのこのピアニスト、1995年の「国際バッハ・コンクール」で優勝して一躍注目を浴びたとのことだが、コンクールに疎くまたあまり関心のないわたしは、残念ながらこのアルバムまでこの名は未知だった。イタリアのバッハ弾き、との異名があり、ドナトーニに作曲を師事して、作品も発表しているとか。
ひとつの変奏から次へと、しばしばほとんど終わりきらないところで移行することがあり、驚かされる。あたかもひとつの変奏の最後に「のりしろ」がついていて、つづく変奏がそこにちょっとかぶさっているような。あるいは、変奏の終わりの音が微妙に残っていったりするのである。個々の変奏を独立したものとしてみる、個別に演奏するだけではない、独自のつなぎ方があるとでも言ったらいいか。
テンポの揺らし。特徴的な装飾。あるいは最後の変奏のあとテーマが回帰するまでの、もしかしたらもうここで終わらせてしまったのではと感じさせるような長い休止。
また、この録音では調律がいいのである。これまで多くの《ゴールドベルク》を聴いてきたが、主たる側面は演奏=解釈においてが中心だった。あるいは楽器、だろうか。調律をどうするかが前面にでてくることはあまりなかったようにおもう。ここでは「3度」がうつくしくひびく調律がなされていて、はやいテンポだとそれほどでもないかもしれないが、ゆっくりとした、たとえば第25変奏においてなど、これまで耳にしたことのなかった音のたたずまいに、陶然としてしまうのだった。
ジャケットのデザインも目を惹く。補色の関係にある緑と赤が鍵盤状に、白い地のうえ、ならんでいる。赤が1本。あとはこの二色が2本、3本と組みあわされていて、まだその意味が解けないのだが、うつくしい。
録音は2010年7月、群馬の新田文化会館エアリスホール。
また1枚、手元におく《ゴールドベルク》が。