©Why Not Productions – Page 114 – France 2 Cinema – Les Films du Fleuve - Lunanime
拳でしか生きられない男と両足を失った女、その愛と再生の物語
『君と歩く世界』という邦題はどこか心温まるラヴストーリーを思わせるが、それは良い意味で裏切られる。本作は愛をモチーフにした、人生について、痛みについての物語だ。監督のジャック・オディアールはこれまで暴力や犯罪の世界を描くことが多かったが、本作では彼ならではの文体で愛について語っていて、全編にわたってヒリヒリした肌触りがあり、力強いテンションに貫かれている。
物語は、流れ者の親子が海辺の街にやって来るところから始まる。大柄で眼光の鋭い父親の名前はアリ、息子はサム。親子は町に住むアリの姉、アナの家に居候することになり、アリはクラブの用心棒をはじめる。学歴も金もないアリにとって唯一の財産は屈強な肉体。以前、アリは格闘技の選手を目指していたが、コーチの死で人生の目標を見失っていた。そしてアリは、クラブで男とケンカをしている女に出会う。彼女はステファニー、地元のマリンランドに務めるシャチの調教師だ。マリンランドのショーでは花形として活躍している彼女だが、クラブでセクシーな衣装を身にまとって男を誘う彼女を見て、アリは「まるで売春婦みたいだ」と呟く。シャチと触れ合っている時の彼女は幸福そうだが、私生活では何かを見失って彷徨っているように見える。そして数日後、彼女はショーの最中に事故に会い、両足を失ってしまう。ショックのあまり退院後も家に引きこもり、誰とも会おうとしないステファニーだったが、そんな彼女が自分から電話をかけたのが意外にもアリだった。
電話で呼ばれたアリは、ステファニーを海岸に連れ出して、一緒に泳がないかと誘う。最初は拒んでいた彼女が、やがて一緒に泳ぐと言い出したのは、目の前で黙々と力強く泳ぐ男が、彼女が唯一心を許すシャチに見えたからかもしれない。行き先が見えない男と女。でも、二人は傷をなめ合うようなヤワな関係じゃない。この日を境にステファニーはアリに惹かれていくが、それは恋というよりも、彼女の中に秘められていた何かががアリという野生に触発されて覚醒していく過程だった。一方、アリは仕事仲間に誘われて、非合法の賭博試合に参加するようになる。それは金を賭けて素手で殴りあうケンカ。アリは喜びと恐怖に身体を震わせながら拳で相手を叩きつける。そして、アリの試合を食い入るように見るステファニー。 やがて二人は肉体関係を結ぶが、愛を知らないアリにとって、それはセックス以外の何の意味も持たない。ステファニーはそんなアリを戸惑いながらも受け入れて奇妙な関係を重ねていく。
ステファニーは両足を失ったことをきっかけに生の実感を得るようになり、都会での生活や仕事に馴染めなかったアリは、素手で闘うことで自分の生き方を取り戻す。そんな二人に共通するのは肉体の痛み。痛みを感じることこそ、生きることだ。アリはどこかフェリーニの『道』に登場する荒くれ男、サンパノを思わせるが、ステファニーはジェルソミーナみたいにただ涙にくれたりはせず、真っ正面からアリと向き合い、アリから生きる力をもらった彼女は、今度はアリに愛とは何かを伝えようとする。そして、クライマックスにアリの身の上に起こる大きな事件。果たして、アリはステファニーのように自分に欠けていた何かを取り戻すことができるのか?
荒ぶる肉体を持て余しながら、どこか少年のような純真さを感じさせるアリを寡黙に演じるマティアス・スーナーツ。都会的な虚飾を脱ぎ捨て本来の自分を取り戻して行くステファニーをしなやかに演じるマリオン・コティヤール。二人の共演は静かな火花を散らし、まるで愛撫と格闘が同時に行われているようだ。きっと、これからアリとステファニーが歩く道は、海辺の遊歩道のように穏やかな道ではなく、先の見えないワイルドサイドだろう。でも、映画を見終わった後には、二人の力強い一歩が感じられるようだ。恋人、なんて生優しいものじゃない。肉体と魂で結ばれた男女のバディムービー、そんなタフな物語だ。
映画『君と歩く世界』
監督・脚本:ジャック・オディアール
原作:「君と歩く世界」(集英社文庫)
音楽:アレクサンドル・デスプラ
劇中歌:ボン・イヴェール 「The Wolves(Act I & II)」/「Wash.」
出演:マリオン・コティヤール/マティアス・スーナーツ
配給:ブロードメディア・スタジオ(2012年 フランス・ベルギー 122分)
◎4/6(土)新宿ピカデリー他全国ロードショー!
http://kimito-aruku-sekai.com/
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◉一般料金 1,800円→1,500円 ◉高校・大学生料金 1,500円→1,300円
※本誌1冊につき1名様1回限り。 ※サービスデーその他各種割引との併用不可
※「君と歩く世界」上映劇場にて上映期間中有効(一部劇場を除く)