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冨田勲『イーハトーヴ交響曲』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/03/01   12:29
ソース
intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)
テキスト
text:土佐有明

イーハトーヴへ連れてって! 巨匠渾身の交響曲初演がCD化!

キング・オブ・ノイズ、非常階段が初音ミクをフィーチャーした『初音階段』をリリースしたり、渋谷慶一郎とチェルフィッチュの岡田利規がボーカロイド・オペラ『THE END』を上演するなど、ボカロ及び初音ミクの存在が多方面とリンクしつつある昨今だが、これはそのひとつの到達点と言えるだろう。砂原良徳やテイ・トウワにも多大なる影響を与えた作曲家・冨田勲が、宮沢賢治の作品世界を音楽で具現化した『イーハトーヴ交響曲』。300名にも及ぶオーケストラと合唱団が集ったこの作品で冨田が歌い手に選んだのは、ヴァーチャル・アイドルの初音ミクだった。2012年に80歳を迎えた冨田は実際にミクのライヴに足を運び、作品をエンターテインメントとして成立させるには彼女の存在が必要不可欠だと実感し、共演が実現したという。

かくして昨年11月、東京オペラシティでコンサートが行われた。しかも、「ミクに合わせてオーケストラが演奏する」のではなく、「オケと指揮に合わせてミクが歌う」という前代未聞の試みがなされ、見事に成功を収めた。CDにはアンコールで披露された《リボンの騎士》《青い地球は誰のもの》を含む計8曲をまるまる収録。うち、ミクは4曲でその人工的なヴォイスを聴かせている。

ダンディやラフマニノフの交響曲や賢治の詩を引用しながら展開される音宇宙は、荘厳かつ色彩豊かで、天界から降り注ぐ音のシャワーを浴びているような恍惚感すら覚える。

異次元的で幻想的な宮沢賢治の世界を音像化するにあたって、中性的で実在感の希薄なミクが適役だったのは頷ける。「わたしは初音ミク、かりそめのボディ」という歌詞が象徴しているように、蜃気楼のように儚いCGキャラクターであるミクと、浮世離れした賢治の作品世界が、冨田の狙い通りにマッチした。四次元的といってもいい、彼岸へと誘ってくれる夢幻的な音世界である。