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映画『愛、アムール』

カテゴリ
o-cha-no-ma CINEMA
公開
2013/03/08   12:16
ソース
intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)
テキスト
text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

ミヒャエル・ハネケの作品に、シューベルトが鳴り響く時…

パリのアパルトマンに住むアンヌとジョルジュの老夫妻を襲った悲劇。発作の兆候を見せたアンヌが頚動脈の手術を受けるも、手術は失敗。半身不随となった彼女をジョルジュは懸命に介護するが、彼女の容態は日に日に悪化していく。この物語を、ミヒャエル・ハネケ監督が撮ったらどうなるか? 体が動かないアンヌの不自由を象徴した、固定カメラの長回し。静寂に支配された部屋にけたたましく響く、車椅子の走行音。ハネケは介護生活の醜悪さに目を背けることなく、その実態をありのままスクリーンに映し出していく。その即物性に耐えることが、愛だと言わんばかりに。

だが、これは映画である。介護ドキュメンタリーの記録番組ではない。だからハネケは、シネフィルなら誰でも喜びそうな映画的仕掛けを、随所に施してみせる。アンヌを演じるのは、『24時間の情事』(原題は『ヒロシマ、モナムール』!)のエマニュエル・リヴァ。ジョルジュを演じるのは、『男と女』のジャン=ルイ・トランティニャン。そのふたりの主演で『愛、アムール』というタイトルなのだから、実にわかりやすい。しかもハネケは、なんとタルコフスキーまで引用してみせる。劇中、ジョルジュが弾くピアノ曲は、バッハ《我、汝を呼ばわる、主イエス・キリストよ》。『惑星ソラリス』の有名な浮遊場面――夫が自殺した妻と空中に浮かぶ――で使われた、あの曲だ。その演奏場面の後、ジョルジュがタルコフスキーもどきの水浸しの部屋を彷徨う悪夢の場面が出てくるのだから、これはもう確信犯としか言いようがない。

言い忘れたが、本作の老夫婦の職業はハネケの怪作『ピアニスト』と同じく、ピアノ教師という設定になっている。しかも、本作に登場するピアノ曲は、『ピアニスト』と同じシューベルトの音楽だ。『ピアニスト』において、シューベルトの音楽は女性ピアノ教師(本作で老夫妻の娘を演じたイザベル・ユペール!)の性の喜びを抑圧し続けていた。そして、本作におけるシューベルトは、容態の悪化するアンヌの苦痛を癒すことなく、最終的に彼女に拒絶されてしまう。要するにハネケ作品において、シューベルトは「喜びをもたらさない」作曲家なのだ。ハネケと同じくウィーンに生まれたシューベルトは、梅毒で夭逝した。であるから、シューベルトがハネケ作品の中で鳴り響く時、そこに「死」という主題が浮かび上がってくるのは、むしろ当然のことなのだ。

映画『愛、アムール』
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:ジャン=ルイ・トランテイニャン/エマニュエル・リヴァ/イザベル・ユペール/アレクサンドル・タロー
配給:ロングライド(フランス・ドイツ・オーストリア 2012年)
◎3/9(土)全国公開
Bunkamura ル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館他
http://ai-movie.jp/

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