PHOTO: Perou (http://www.perou.co.uk/)
4つ打ちのキックが消え、正調の英国流メランコリアが顔を出す──
イーノ、ボウイ、モリッシー、シルヴィアン、ワイアット……の系譜を継ぐ、
アンダーワールドのフロントマンの初ソロ
90年代以降のダンス・ミュージックをリードし続け、数々のテクノ・クラシックを生み落としてきたアンダーワールド。昨年開催されたロンドンオリンピック開会式の音楽監督を務めたことも記憶に新しいだろう。そのフロントマンであり、映像・出版・写真・デザインなど、多岐にわたる活動で世界中のアーティストを魅了するクリエイティヴ集団〈tomato〉のメンバーでもあるカール・ハイドがいよいよソロ作品をリリースした。これがなんと、アンダーワールド以前に在籍していたバンド〈フルール〉時代を含めると、じつにデビューから30年越しの出来事であるから、まさに晴天の霹靂である。
カールに何が起こったのか? 2009年にブライアン・イーノがキュレートし、シドニーのオペラ・ハウスで行われた『ルミナス・フェスティヴァル』。そのトリを飾ったイーノ、レオ・アブラムス、ザ・ネックスらとの6時間に及ぶパフォーマンス「Pure Scenius」に参加したことが、今作の制作に至る理由の一つだったという。
「このプロジェクトでは、その場でメロディを作り、即興的に書き溜めていた言葉を歌わないといけなかったんだけど、それが本当に面白くてね」
舞台を共にしたイーノを敬愛するカールだが、とりわけ彼が関わったデヴィッド・ボウイのベルリン3部作への思いは特別なようだ。
「作品を作るためにある場所に行くという発想はこれまでも大事にしてきたことだよ。と、言っても今作で行ったのはイースト・ロンドンだけどね(笑)今回の制作であそこは僕にとってのベルリンになったよ(笑)」
「Pure Scenius」をきっかけに親交を深めたギタリスト/シンガーソングライターのレオ・アブラムスとの共同作業により完成された本作。最終的には70~80もの曲が仕上がっていたというから驚きだ。
「じつはイメージはこれといってなかった。レオと一緒にふらっと散歩に出掛けた感じかな(笑)」
そんなケセラセラ(?)な事情から生まれた歌詞は、「田舎と街が交差する日常のなかで見過ごされがちな」「誰も気に留めようともしない」物への興味という本作の重要なアプローチを浮かび上がらせ、本家アンダーワールドでは考えられなかった路地裏ムードを決定づける慕情に溢れている。そして、ギターやピアノによる旋律が散りばめられ、芳醇な響きをもつバンドサウンドを基調としながらも、凛としたエレクトロニクスが折り目を正してくっきりとピントを合わせてくる。夜気のそよぎのように全編を流動する美しいアンビエンスも折り紙つきだ。また、アンダーワールドでのリズミックに声を載せる手法とは一変し、瑞々しく自由なメロディと耳元で囁くように語りかけてくる言葉が手を取り合う様子も印象的だ。陰鬱にして良好。憂鬱さと大らかさが多彩な趣をもって、車窓から眺める景色のように目の前に現れては消えてゆく。それはロバート・ワイアットのように牧歌的に、モリッシーのように親密に(《The Boy with the Jigsaw Puzzle Fingers》なんて曲名にはニヤリ)、デヴィッド・シルヴィアンがするように張りつめた糸を伸縮させながら訪れては過ぎてゆく。
今回の制作を通して、自身の新しい一面に気づくとともにアンダーワールドの相棒、リック・スミスの優れた面も再確認できたというカール。シーンの頂点に立ちつつ、これからも長いキャリアを共にしていく上で、本作の経験はとても建設的なプロセスとなったようだ。
そして4月7日。今年も東京で開催されたテクノロジーとアートの祭典『SonarSound Tokyo』の大トリにカール・ハイドが登場した。ギターを持ったカールに加え、キーボード2人にベースという編成で始まった静寂すら感じさせる演奏に、最初のうちは観客も戸惑いを隠せない。ソロとは知りながらもアンダーワールドのあの熱狂をどこかに探しているのだろうか。が、しかし「いつもプレイする曲調とは違うけど……」なんて控えめな言葉を挟みつつ、ぴったりの息で奏でられる演奏が続くにつれ、徐々に観客の心は掴まれ、気が付けば会場に大きな一体感が生まれていた。「作り手が私的になればなる程、より多くの人から共感を得られることに気づいた」と言うように、キレの良いダンスと手振りを添えながら放たれる力強くパーソナルな言葉、いつになく澄んだ伸びやかな歌声は、我々の普遍的な感情を揺さぶる大きな力に満ち溢れていた。そして《Jumbo》《Dirty Epic》《8 Ball》など、リアレンジされたアンダーワールドの名曲も見事にカールの私的な世界観と溶け合い新たな魅力を獲得していた。4つ打ちはなくても僕たちの内奥を打つ何か。そう、ここでもカールの創造する世界がもつ普遍的な昂揚感を十二分に確認することができた。
「アンダーワールドは最高の祝祭音楽をプレイしてきたけど、アップテンポな曲では観客に語りかけたり、静かで私的な繋がりを持つのは難しい。だけど僕はその繋がりを築きたかった。今作はその方向性を模索する僕なりの実験なんだよ」