ライター・岡村詩野が、時代を経てジワジワとその影響を根付かせていった(いくであろう)女性アーティストにフォーカスした連載! 第11回は、〈ドイツのヴァシュティ・バニアン〉とも言える歌声を持った知る人ぞ知るシンガー、シビル・ベイヤーをご紹介
〈CDはどうやって整理して(しまって)いるんですか?〉――昔から会う人会う人にもっともよく聴かれる質問がこれです。そのたびに〈CDの山のなかに寝ています〉と答え、〈またまた~、どこかに倉庫でも借りているんでしょう?〉と突っ込まれますが、本当にCDに囲まれているのだから嘘ではありません。CDだけではなくヴァイナルも本も同じ程度に所有しているため、窓まで塞がってしまっているという〈ビーバーの巣〉状態。昼か夜かもわからぬ暗闇暮らしの地獄絵図です。
そんな生活に別れを告げるべく、この春、こうでもしないとできない大断捨離大会を敢行いたしました。そう、つまり引っ越し。それも実家に預けて必要なものだけ持って……ではない実家丸ごとの引っ越し。そうすればおのずとCDの〈要る/要らない裁判〉ができるだろうと思ったのです。
が、甘かった。削っても削っても減らない。〈このアルバムは1曲好きなものがあるんだよね〉とか何とかエクスキューズをしながら残していったり、一度は処分箱に入れても〈これもう手に入らないしなー〉などと敗者復活させてみたり。結局は今度いつ聴くのかわからないCDを詰め込んだダンボールがうず高く積み上げられ、窓からの景色も美しいはずの新居へとそのまま移動される。で、いまなおほとんどのダンボールを開梱できぬまま途方に暮れる……まさに〈ダンボールの宮殿〉(byキリンジ)暮らしという有様です。はい、断捨離大失敗。
私はわりと引っ越しが多いほうで、8年前、5年前にも同じように引っ越しを大義名分にした断捨離をやったのですが、減るどころか引っ越しのたびに増えているのがさらに生活をを脅かせているわけです。世の中はダウンロードで音楽を購入することも普通になっていますが、一方でヴァイナルの需要が復活したり、カセットテープのレーベルが増えてきたりと、〈モノ〉として音楽を所有する感覚もまた戻ってきていて、私なんかはついついCDもあるのにヴァイナルでも買ってしまいます。これが地獄絵図を招いているとはわかっていても、やってしまう。でも、音盤に囲まれている時ほど豊かな気分を味わえる瞬間もない――この快感原則がさらに自分の首を締めていることを知りつつ……。ああ、ヴァイナル/CDジャンキーの皆さんはどうやってこの葛藤を乗り越えているのでしょうか。このタワレコ・オンラインで、所有数がハンパない音楽有名人のお宅拝見コーナーとかをぜひやってほしいものです。
さて、そんな引っ越しという名の断捨離大会に今回も失敗した私ですが、今月は荷物を整理しながらもっともよく聴いていた一枚をご紹介しましょう。ガール・ポップと言ってはあまりにも乱暴とはわかっているのですが、シビル・ベイヤーという70年代から活動しているドイツ出身のシンガー・ソングライター/女優の『Colour Green』です。CDの梱包を始めた最初の頃に出てきたこの作品を何気なくかけたところ、気持ちがスーッと落ち着いていった、そんな魔法のようなアルバムなのです。
シビル・ベイヤーの出発点は舞台女優。その後、ヴィム・ヴェンダース監督映画「都会のアリス」(73年)に出演したものの、その後表舞台で活躍したわけでもなく、まして日本では無名のままいまに至っている――そんな、カルト的な存在です。私が彼女のことを知ったのは、2006年のこと。どうやらひっそりと音楽制作もしていたらしく、折しもジョアンナ・ニューサムのような女性フォーク・シンガーが安定した活動をし、それに後押しされるかのようにヴァシュティ・バニアンが復活作を発表していた頃、〈ドイツのヴァシュティ・バニアン〉といった趣の歌が味わえるこのアルバムが日本に入ってきました。
他にもリンダ・パーハックス、マーゴ・ガーヤン、ニコ、あるいはイノセンス・ミッションやタラ・ジェーン・オニール、日本だと佐井好子や森田童子、最近だと埋火や青葉市子あたりが好きな方ならきっとピンとくる、あまりにも儚くあまりにも脆い……しかしながら重さと強さを内包して狂おしいまでに哀しく、でもなぜか清潔な歌。それは、自分と向き合いながら、そこから滲み出る心の声を丹念に言葉に置き換えていく作業――ボロンボロンと鳴らされたアコースティック・ギターの音がシビルのハスキーな歌声と柔らかに共鳴し合う様子は、筆舌に尽くし難い美しさと険しさを秘めています。
この作品は70年代前半に自宅で作られました。結局リリースされぬまま長い間放置されていたその音源を彼女の息子がプライヴェートで音盤化し、それがダイナソーJrのJマスシスの手に渡ったことによって、一般リリースが叶ったのだそうです。Jはアコースティック・ギター弾き語りのソロ作を出したこともあるフォーク通でもありますからね。
穏やかなトーンを纏いながら聴く者の心をそっと撫でてくれるシビル・ベイヤーの歌。それは引っ越しという名の断捨離で振り分けられそうになったCDの心の声を代弁していたのかなと、いまにして思います――〈処分しないで〉。整然と梱包しながら今回も一向に荷物が減らなかったのは、彼女の歌を聴いていたからなのかもしれません。