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映画『箱入り息子の恋』

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公開
2013/04/26   17:57
ソース
intoxicate vol.103(2013年4月20日発行号)
テキスト
text:村尾泰郎

箱入り息子の恋_メイ

©2013「箱入り息子の恋」製作委員会

星野源、ぶざまに恋する〈童貞男子〉で初主演!

ここ最近、〈童貞ブーム〉だとか〈童貞男子〉だとか、なにかと童貞が賑やかだ。だからといって、童貞の地位が上がったり、童貞たちが幸せな生活を送っているなんてことはないだろう。もう童貞じゃない連中が、童貞を面白おかしく語っているだけ。とりわけ〈いい歳〉をした童貞にとって童貞は、自分の幸福を左右する死活問題なのだ。そんななかで『箱入り息子の恋』は、童貞の恋を熱く、切なく描きだしていく。

主人公の天雫健太郎(星野源)は、生まれてこのかた女の子と付き合ったことがない35歳の童貞男。自宅と勤め先の市役所を歩いて通勤する毎日で、昼食は自宅に帰って食べるくらい内気な性格だ。唯一の友達はペットのカエルだけ。そんな息子の様子をみかねた両親の寿男(平泉成)とフミ(森山良子)はついに婚活を開始、親同士の代理見合いで今井夫婦と知り合う。社長として辣腕をふるう今井晃(大杉漣)と玲子(黒木瞳)の一人娘、奈穂子(夏帆)は美しいお嬢様だが、ある事情があってひとなみに恋をしたことがなかった。そして、そんな箱入り息子と箱入り娘が見合いをすることになる。

映画の前半、健太郎はほとんど何も喋らず、黙ってご飯を食べ、カエルにエサをやり、ひたすら格闘ゲームをしている。何を考えているのかわからない。優しすぎる両親は、そんな健太郎をはれものを扱うようにしてきた。一方、奈穂子は8歳の頃に病気にかかり、今ではまったく目が見えない。娘を不憫に思う両親に溺愛されて育った奈穂子は、一人で外に出ることさえできなかった。そんな2人はお見合いをする前に、偶然街角で出会う。雨の中、一人で立っていた奈穂子を見かけて、思わず傘を渡す健太郎。それは健太郎にとって、かなり勇気がいることだったに違いない。そして、この時、健太郎のどこかにスイッチが入った。

映画の最初の見せ場は、天雫家と今井家の初めての見合いだ。晃は健太郎のことが気に入らず、健太郎の性格や職歴のダメ出しをして「君に障害者の娘の面倒は見られない!」と言い放つ。そんな晃に、健太郎が絞り出すような声で「あなたは人に面と向かって笑われたことがありますか?」と問いかけるのを聞いた時、これは童貞や障害者といった〈恋愛弱者〉の闘いの物語でもあると気付される。健太郎の職場で「ヤリマン」と噂されている同僚の女性が後で登場するが、彼女もまた恋という戦場で闘っていて、だからこそ健太郎のささやかな味方になってくれるのだ。やがて健太郎と奈穂子は、玲子の手引きで密かにデートを重ねて愛を育んでいくが、それは最近の中学生よりもプラトニックなデートで眩いほどの幸福感に満ちている。初デートで牛丼を楽しそうに頬張る奈穂子の姿を見れば、健太郎じゃなくても恋に落ちるだろう。

しかし、映画の中盤、2人の仲を引き裂くトラブルが起こり、健太郎は身も心もズタズタになる。そのどん底から、健太郎がいかに復活するか。誰かを愛することがどれだけ人を強くするかが本作の大きなテーマだ。傷の癒し方を知らない健太郎は、苦しみのあまり何度もみっともないくらいに叫ぶが、その叫びはまさにロックンロール。ここで星野源のキャスティングがますます輝いてくる。俳優/ミュージシャン/文筆と様々な分野で活躍する星野は、世間では草食系男子と思われがちだが、eastern youthなどパンクの影響を強く受けている男。その星野が主役とは思えないカッコ悪さ全開で、全力で走り、倒れ、落下し、ボロボロになってシャウトする姿が胸をうつ。一方、夏帆は清純さのなかに秘めた〈女〉を垣間見せて、ドキリとさせられる瞬間も。そんな2人が吉野家で牛丼を食べながら嗚咽するシーンは、2人の〈生傷だらけの初恋〉を鮮烈に浮かび上がらせた名シーンだ。さらに、星野とは親交が深い高田漣が手掛けたサントラや、細野晴臣が歌う主題歌《熱の中》など、心に沁みる音楽に彩られた本作は、ぶざまにしか恋することができない者達への応援歌なのだ。

映画『箱入り息子の恋』
監督・脚本:市井昌秀
共同脚本:田村孝裕
音楽:高田漣
小説「箱入り息子の恋」(ポプラ社刊)
出演:星野源、夏帆/平泉成、森山良子、大杉漣/黒木瞳
配給:キノフィルムズ(2013年 日本 117分)
◎6/8(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー!
www.hakoiri-movie.com