このヴォリュームで語れるほど短い期間ではないのだが——シャネルズ(後にラッツ&スターに改名)としてのプロ・デビューから33年、ソロ・デビューから数えても27年目に突入している鈴木雅之。マーチン(Martin)の愛称で親しまれる彼は、何度かビッグなヒットで節目を作り、また折に触れて同窓会的なリユニオン〜企画ユニットの結成などで芸能ニュース的なトピックを振り撒きながらも、基本的にはコンスタントな作品リリースとライヴを繰り返すという、シンプルにして精力的な動きを止めることはない。
56年に東京・大森で生まれた彼は、姉の影響で小学生の頃からR&Bを聴いていたという根っからのソウル・ボーイだ。そして、高校時代に映画「レット・ザ・グッド・タイム・ロール」を観てドゥワップに夢中になると、75年に幼馴染みたちとグループを結成する。それがシャネルズだ。以降の歩みはこの連載の第9回「ラッツ&スター」編をご覧いただくとして……。
ソウルやR&Bなるものに対する固定観念ゆえか、日本人がそれに取り組むことへの偏見はいまも根強い。白人の真似は好ましくても、黒人音楽の模倣は困るという人が多いのだろうか。往年の〈日本語ロック論争〉がそう続かなかったのに対し、日本産のR&Bが生まれて随分と時は経つものの、いまだに演じ手たちは自分の音楽自体ではなく、ジャンル論やら本場との位置関係やら日本マーケットとの親和性やらを説明し続けなければならないように追い込まれている。
が、いまより周囲の理解がなかったであろう時代に、鈴木はそのハードルを意に介さなかった。86年にソロ・デビュー曲 ガラス越しに消えた夏 を発表した〈その時〉から現在に至るまで、彼は憧れの対象を完全に自分の個性へと昇華することに成功してきたのだ。そうやってラヴソングの達人という地位を確たるものにしたからこそ、ソロ・デビュー25周年を迎えた際の彼は『DISCOVER JAPAN』と題して初の日本語カヴァー・アルバムに挑んだのだろうし、意外な作家陣(さだまさしまで!)と組んで己の歌の新たな領域をディスカヴァーせんとする近年の動きにも頷ける。その集大成こそ4年ぶりのオリジナル作『Open Sesame』になるわけだが、多様な顔ぶれが並ぶなかに何の違和感もなく屹立するのはマーチンの揺るぎない個性だ。そして端々で嗜好を貫く無邪気な姿にもニヤリとさせられる。こんな歌い手もそうはいまい。
Martinとその時々
鈴木雅之 『Open Sesame』 エピック(2013)
BENIや槇原敬之、押尾コータローらを迎えて〈コラボ・アルバム〉を謳った4年ぶりの新作。トークボックス入りのファンクでガツンと迫るKREVAの冒頭曲から快調そのもので、レニー・クラヴィッツを下敷きにしたキヨサク製のサニー・ソウル、LGMonkeesとのフィリー・ダンサーなど、エレガンスすら漂わせた歌いっぷりの余裕が全編を包み込む。これはマジで名品です。
鈴木聖美 with RATS&STAR 『Woman』 エピック/ソニー(1987)
マーチンにソウル教育を施した姉ちゃんのデビューにあたり、弟たちが援護に駆けつけた一作。洒脱なサウンドやジャケはブラコン風ながら、歌い手としての持ち味がもっとロウなこともわかる。時代が一巡したいまならエタ・ジェイムズあたりと並べるのもアリか。
鈴木雅之 『Martini Duet』 エピック(2008)
ベスト盤シリーズの一環で、新録や企画モノも含めてデュエット/コラボ曲をまとめた一作。15年を跨いだ菊池桃子との2曲をはじめ、May J.との“Endless Love”、MUROとの“浪漫SOUL”など華やかな佳曲が盛りだくさん。エナメル・ブラザーズでのフォー・トップス・オマージュが素晴らしい。
鈴木雅之 『Still Gold』 エピック(2009)
デビュー30周年を目前に控えるタイミングで出たオリジナル前作。縁の深い湯川れい子から、筒美京平、松井五郎、古内東子ら豪華な作家陣を交えて、和風の情緒をコクのあるアダルトな歌唱で表現している。新作での“キミの街にゆくよ”も絶品だった佐藤竹善との手合わせがいい。