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第45回――高岡早紀

連載
その時 歴史は動いた
公開
2013/05/22   00:00
ソース
bounce 355号(2013年5月25日発行)
テキスト
文・ディスクガイド/久保田泰平


高岡早紀_A



高岡早紀——彼女の名前を聞いて、どんな姿が思い浮かぶだろうか。やはりドラマや映画、舞台と幅広く活躍する〈女優〉としてのイメージが一般的なところだろうが、TVのCMや芸術的なヌード・グラビアなどと共に、ある世代にとって印象的なのは、シンガーとしての姿だ。そもそも、その容姿を一般的に知らしめた紳士靴のCMがオンエアされた〈その時〉から、そのキャリアは始まっていたのだから。

80年代の幕開けと共に始まったアイドル黄金時代も、90年代の声が聞こえる頃にはすっかり終息ムード。88年にデビューした〈笑わないアイドル〉Winkのブレイクにも象徴されるように、美少女が歌うポップスも、取り繕った愛嬌より洗練された音楽性が珍重される時代になっていた。そんな頃にデビューしたのが当時15歳の高岡早紀。ティーン向けファッション誌のモデルとしてキャリアをスタートした彼女は、88年春に前述のCMソングとなった 真夜中のサブリナ で歌手デビュー。ほぼ同時に女優業も始めていたことから、歌手活動はそのステップアップとしてのサイド・ワークという位置付けだったのかもしれない。それにしても〈シンガー・高岡早紀〉が放つ色は艶やかだった。91年までに発表した4枚のオリジナル・アルバムにおいて、メインでサウンドを創造していたのは、サディスティック・ミカ・バンドを経て10数年に及ぶソロ活動で独自のポジションを築き上げていた加藤和彦。彼が一貫して作り上げたエレガントでヨーロピアンな世界観のなかに放り込まれた早紀は、吐息交じりで物憂げな唱法と持ち前の表現力で歌い手としての魅力を開花させ、19世紀のヨーロッパ文学や絵画から飛び出してきたかのような虚構の佇まいで、ほんのりとエロスすら感じさせる人肌感を楽曲から伝えていった。TVの歌番組が激減していった時代だったこともあってお茶の間に彼女の歌が届けられる機会は少なく、ゆえに大きな成功を収めたとまではいかなかったが、それでも4枚のアルバムが編まれたというのはその稀有なセンスが買われてのことだろうし、このたび作品群が20年以上を経てリイシューされるということは、関わったスタッフやミュージシャンが早紀に注いだ本気の賜物だろう。

91年作『S'Wonderful』以降は音楽活動から遠ざかっていたが、先頃主演映画「モンスター」のエンディング曲として22年ぶりの新曲 君待てども 〜I'm waiting for you〜 (日本産ジャズのスタンダードをカヴァー)を発表(配信のみ)。共演したピアニストの山下洋輔と共に、いっそアルバムも作ってみては?——歳を重ね、あの頃とは違った艶やかさを放つ彼女の歌声を聴いていると、そんなことを望みたくなる。

 

高岡早紀のその時々



『SABRINA』 ビクター(1989)

哀愁ユーロ・ポップ“眠れぬ森の美女”、セルジュ・ゲンスブール〈ジュ・テーム〉を匂わせる“太陽はひとりぼっち”、ファンク・ナンバー“SLEEP WALKER”、オールディーズ風の“悲しみよこんにちは”など、多種多彩な楽曲群を欧州的なロマンティシズムに包み込んだファースト・アルバム。その歌声からは16歳とは思えない高貴な色香すら漂う。

 

『楽園の雫』 ビクター(1990)

加藤和彦を筆頭に、彼の盟友である高橋幸宏も作曲者に名を連ねた2作目。幻想的なタイトル・ナンバーをはじめ、ラーガ・ロック風の“フリフリ天国”、清らかなシンフォニー“窓辺にて”、8ビートが耳に残る“天使失格”など、前作のヨーロピアン風情を引き継ぎつつ、ちょっとヘヴンリーな手触りをプラス。吐息交じりのヴォーカルもより映えている。

 

『Romancero』 ビクター(1990)

チャチャ風のシングル曲“セザンヌ美術館”をはじめ、ジプシー・キングスやカオマ“Lambada”のヒットによって熱視線が注がれていた南欧発のトレンドにも呼応した3作目。安井かずみが全作詞を手掛けた、デビューから一貫してきたロマンティックな欧州ムードを極めたもので、音の向こう側に映る17歳の少女の姿があまりにも耽美で甘美。

 

『S'Wonderful!』 ビクター(1991)

ヨーロピアン3部作に続いて早紀が向かったのは、古き良き時代のアメリカ。ヒッチコック映画「ダイヤルMを廻せ!」へのオマージュ“M”、ビッグバンド風“ペテン師バッドムーン”、〈ププッピドゥ〜♪〉とモンロー気取りの“東京チューチュー”など背景は確かにそれだが、加藤の優美なセンスと彼女の歌声がもたらす新奇なファンタジーがここにも。

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