注目の第二弾は、ヴァイオリン・ソナタの最高傑作といわれる第9番「クロイツェル」と第10番!
斬新な発想を中庸の美徳に包む、したたかさ~樫本&リフシッツのベートーヴェン作品30の3曲(第6~8番)に続く樫本大進(ヴァイオリン)、コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲録音第2作は、第9番《クロイツェル》と第10番。いきなり最後の2曲にとんだ。ステージでは、すでに全曲演奏を終えている。第1作はスイスだったが、第2作は昨年12月27〜31日、ベルリンのテルデックス・スタジオでの収録だ。
ベートーヴェンの楽曲に刺激されたロシアの文豪トルストイが小説『クロイツェル・ソナタ』を著し、これを受けたヤナーチェクは弦楽四重奏曲《クロイツェル・ソナタを読んで》を作曲した。古今の芸術家の霊感の源泉として生き永らえてきた名曲には当然、名盤も数多く存在する。中でもフルトヴェングラー時代の1925-29年にベルリン・フィルのコンサートマスター(樫本の現職)を務め、最後は日本で没したユダヤ系ポーランド人シモン・ゴールドベルクのSP録音との比較は、樫本と同じ時代に生きるイザベル・ファウストや庄司紗矢香らの最新盤より、はるかに興味深いものだった。
リリー・クラウスのピアノで1936年に収録されたゴールドベルクの演奏は、ロマン派的な誇張に背を向け、楽譜に忠実な再現を目指したノイエ・ザハリヒカイト(新即物主義)の系譜に属する。ヴィブラートも控えめだが、テンポの振幅は意外に大きく、ベートーヴェンの巨大な楽想を気高く、壮大に再現していく。ベルリン・フィルでは80数年後の後輩コンマスに当たる樫本には、ゴールドベルクを彷彿とさせる品位の高さがある。確かな技巧と惚れ惚れする美音を備えながらも綺麗事には終わらせず、楽曲の核心に迫っていく。
リフシッツのピアノともども、和音やリズムの処理など細部にはかなり大胆な発想を持ち込むが、つねに大局を見失わず、多くの人々が2曲に抱いてきたイメージを尊重した中庸の美徳へと収めていく。ある意味、したたかな名演である。