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三宅純『Lost Memory Theatre - act-1 -』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/10/17   10:00
ソース
intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)
テキスト
text : 渡辺亨


行き場の無い記憶のための音楽とは? デヴィッド・バーン、アート・リンゼイ他参加の新作!

三宅純_J

「どこかに失われた記憶が流れ込む劇場があったとしたらどうだろう? そこで流れている音楽はどういうものだろう?」と、三宅純は『Lost Memory Theatre act-1』のライナーノーツに記している。そんな劇場で繰り広げられているのは、「失われた記憶の物語」。しかもこれは、三宅純の『星ノ玉ノ緒 ENTROPATHY』(1993)を手掛けたハル・ウィルナーの一連のプロデュース作品と同じく、耳で聴く「オーディオ・フィルム」でもある。

ヴィム・ヴェンダース監督の『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)。最新の3Dカメラで撮影されたこのドキュメンタリー映画で、もっとも際立っていたのは3D映像ではなく、ピナの弟子たちのダンスと、三宅純の音楽だ。その音楽は映画のために書き下ろされたものではなく、もともとピナのヴッパタール舞踊団の作品に使われていた既成曲。だから個人的には、映画を観る前から何度も耳にしていたにもかかわらず、《Lilies of the Valley》が流れてきた瞬間に心がざわめき、同時に甘美な陶酔に包まれた。『Lost Memory~』は、その時と同じような醍醐味を味わわせてくれる。

様々な人種の人々が暮らし、色々な情報が行き交う街パリ。三宅純は長きにわたって、この都市を拠点に活動している。しかも新作は、フランス、ドイツ、米国、スイス、ブルガリアの各都市で録音されている。よってデヴィッド・バーン、アート・リンゼイ、ニナ・ハーゲン、ダファー・ヨーゼフ、おおたか静流、ブルガリアの合唱団……異なる人種や国籍のキャストが多数参加している。もちろん音楽的にも、きわめてマルチ・カルチュアルだ。

三宅純のライナーノーツによると、このプロジェクトのひとつのきっかけは、「3.11」だという。あのような震災によって、形あるものは一瞬にして消え、形無きものはどこかを彷徨う。そんな失われた記憶が流れ込む劇場。この『Lost Memory ~』は、個人の記憶だけでなく、「歴史」という記憶も呼び覚ます。なぜなら人々が住んでいる場所には、無数の「記憶」が層を成して堆積しているのだから。だからこそこれは、時空を超えた「オーディオ・フィルム」、その題名は『記憶のラビリンス』とでも言うべき逸品だ。



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