21世紀の清新なバッハ弾き
2004年ゴルトベルク変奏曲でCDデビューを果たしたマルティン・シュタットフェルト。あの鮮烈なバッハ演奏は、未だに同曲を語る上で必ずと言ってよいほど比較されるグールドの2種類の録音に匹敵する斬新さも持ち合わせた演奏だった。そういえばプレス・リリースには、「ソニー・クラシカルから何故また《ゴルトベルク》がリリースされるのか。みなさん、その理由を考えてください」とあった。その言葉、あのデビュー・アルバムを敢えてここで語るまでもないが、コンサート・グランドピアノで弾かれた最良の1枚としても過言ではないと思う。
シュタットフェルトは2002年のバッハ・コンクールで優勝した経歴を持つが、バッハへの愛着は並々ならぬものがあるようだ。これまでに11枚のアルバムをリリースしているが6枚(1枚がフォーグラーとの共演)がバッハを取り上げている。『ゴルトベルク』に続きイタリア協奏曲&インヴェンションの『プレイズ・バッハ』、2枚の『ピアノ協奏曲集』、フォーグラーとの『ガンバ・ソナタ』、『平均律第1巻』。さらにシューマンとの組み合わせで『トッカータ』もあり、こちらも加えると計6枚半になる。しかし決してバッハばかりを弾いている訳でもなくレパートリーはかなり広い。今のところ録音はドイツ系の作品のみだが。モーツァルトやベートーヴェンの協奏曲、シューベルトやシューマン、いずれも忘れがたい演奏となるだろう。
さて、シュタットフェルトのバッハだが、あるひとつの究極の美とはこういうもの、それほどに美しいと感じさせる演奏を体現させてくれる。それは楽器としての制約が大きいチェンバロではなく、豊かな表現、多彩な響きが可能な現代のピアノを使用して、シュタットフェルトが敬愛して止まないバッハの音楽を、古楽スタイルや独断的な表現とは距離を置いた位置に立ちながら、ピアノを媒体にして音楽の可能性を追求しているからではないだろうか。
今回の新録音は『平均律』以来約4年ぶりとなるバッハのソロ・アルバムということになる。これまでと同様に、泰然自若たる演奏は変わらずに、より自由にはばたきながらも決して逸脱することのない世界観を繰り広げてみせる。
『ゴルトベルク』でデビューし、グールドと対比されたシュタットフェルトだが、それは似て非なるもの。飽くまでもシュタットフェルトであることを証明する新たなアルバムといえるのではないだろうか。