被害総額3億円、被害者はパリス・ヒルトン、オーランド・ブルーム、リンジー・ローハンらハリウッド・セレブ──全米メディアを騒然とさせた、少女たちによる衝撃の事件。
©2013 Somewhere Else, LLC. All Rights Reserved
虚栄心や不安を抱えて生きる若者たちを、セレブというポップ・カルチャーを通じて捉えた映画
いつの間にか〈スター〉は〈セレブ〉と呼ばれるようになり、雲の上で瞬いていた星の神秘的な輝きは、ショーウィンドに並んだ高級ブランド品のように俗っぽくキラキラした(ブリングな)輝きになった。ソフィア・コッポラの新作『ブリングリング』は、そんなセレブの輝きに惹きつけられたティーンネイジャーの実話をもとにした物語だ。
舞台はカリフォルニア。新しい学校に転入してきたマークは、周囲にうまく溶けこめないでいたところをレベッカから声をかけられる。ファッションに興味を持っていた二人は意気投合。友達がいなかったマークはレベッカに惹かれていき、レベッカには盗癖があることを知っても気にしない。それどころか、二人で留守宅に忍び込んで現金やブランド品を盗むようになる。そんななか、セレブ中のセレブ、パリス・ヒルトンがパーティーで家を留守にすると知った二人は、面白半分にパリスの自宅の住所を調べて家に侵入。初めて目の当たりにするセレブの豪華な生活ぶりに圧倒されながら家の中を見て回った。その冒険談をクラブで知り合った女の子たち、ニッキーやサム、クロエに得意げに話すうち、今度はみんなでパリスの家に忍び込んで泥棒することに決定。そして彼らはパリス邸を皮切りに、オードリナ・パトリッジ、ミーガン・フォックス、オーランド・ブルームなどセレブの豪邸で盗みを繰り返し、やがてセレブ専門の窃盗団〈ブリングリング(キラキラしたやつら)〉と呼ばれるようになっていく。
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ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した前作『SOMEWHERE』では中年男の鬱屈を描いたソフィア・コッポラ。今回は得意の女の子を題材にしているが、これまでの彼女の作品に登場してきた自分を取り巻く世界と折り合いをつけることができないセンシティブな女の子たちとは違う。ブリングリング窃盗団の女の子たちは自分たちの欲望の赴くままに泥棒し、戦利品を身にまとってストリートを練り歩く。罪を犯していることに対して罪悪感もカケラもなく、彼女たちにとって盗みはクラブで遊んでいることとそんなに変わりはないのだ。しかも、彼女達は高級住宅街に住む甘やかされた子供たちで、どこから見ても同情の余地はない。そんな少女たちのエゴイスティックな冒険を、ソフィアは淡々と描き出していく。そんななかで見どころのひとつは、被害者でもあるパリスの許可を得て実際にパリス邸で撮影が行われたことだ。広々としたクロゼットにひしめきあう服や靴、アクセサリーの数々をカメラが映し出していく様子は、かつてソフィアが歴史的なセレブを題材にした『マリー・アントワネット』を思わせるが、そこに並べられたグッズの数々は『マリー・アントワネット』のポップなガーリーさとは違って、欲望を刺激するキラびやかな毒気を放っている。
セレブに憧れ、気づかないうちに心の中にぽっかりと空いた穴をそれで埋めるように、セレブたちの服や装飾品を盗み続けるブリングリング窃盗団。セレブの輝きと若者たちの心の闇、そんな光と影のコントラストはサントラにも反映されている。音楽を極力使わずサントラがリリースされなかった前作に比べて、今回はヒップホップやエレクトロなど強烈なビートが響き渡るナンバーが中心で、サントラはヒップホップの老舗レーベル、デフ・ジャムからリリース。カニエ・ウェストやフランク・オーシャンなど、現在のR&Bシーンを代表するミュージシャンの曲が使われていて、これまでのソフィアの作品でもっとも派手なサントラだ。そして、そうしたアッパーな曲とは対照的に、カンやクラウス・シュルツェといったクラウト・ロックや、エレクトロ・シーンの新鋭、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、そしてブライアン・レイツェルによるスコアが、どこか荒涼とした空気を醸し出している。
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虚栄心や不安を抱えて生きる若者たちを、セレブというポップ・カルチャーを通じて捉えた本作は、ファッションを散りばめたガーリーな要素はあるものの、そこには過去のソフィアの作品のようにイノセントな繊細さはなく、ソーシャルネットワークにかじりつきながらセレブやブランドに夢中になる少女たちの現実が描かれている。エマ・ワトソンがニッキーを演じている以外はほぼ無名な新人が起用されているが、だからこそセレブに憧れる女子という役柄にはうってつけ。そんななかで気になるのが窃盗団で唯一の男子、マークの存在だ。学校では「キモい」といわれてイジメられていたマークは、レベッカや女友達と出会い、ファッションを通じて自分の居場所を見つけていく。そのあたりは最初から最後までセレブやファッションにこだわり続けるだけで何も変わらない女子たちとは違う、ささやかなドラマがある。
ともあれ、ハリウッドを代表する映画一家に生まれたセレブであり、ガーリーな映画を撮ってきたソフィア・コッポラが、〈セレブ〉と〈ガーリー〉のリアルな現状をレポートした本作は、ソフィアの感性で現代社会を切り取ったスナップショットのようなもの。ポップでいびつな青春がシンプルな語り口で綴られていて、思春期のもやもやをファンタジックに描いたデビュー作『ヴァージン・スーサイズ』と真逆ながらも、どこか対になるような作品だ。
映画『ブリングリング』
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
原作:ナンシー・ジョー・セールズ「ブリングリング」 10/10発売(ハヤカワノンフィクション文庫)
衣装:ステイシー・バタット
音楽スーパーバイザー:ブライアン・レイツェル
出演:エマ・ワトソン/ケイティ・チャン/クレア・ジュリアン/イズラエル・ブルサール/タイッサ・ファーミガ/レスリー・マン
配給:アークエンタテインメント/東北新社 (2013年 アメリカ・フランス・イギリス・日本・ドイツ 90分 R15+)
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http://blingring.jp/