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(第244回)どんどん完成型へと近付くフェルトの初期5作品

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2014/02/10   22:00
更新
2014/02/10   22:00
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文/久保憲司


ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返るコラム。今回は、2月末にリイシューされることが決定したフェルトの初期5作品について。テレヴィジョンから進化したそのサウンドは、この5枚の間でどんどん完成型に近付いていって――。



僕はテレヴィジョンというバンドが大好きだった。

本当はテレヴィジョンの前身バンド、ネオン・ボーイズのほうが好きなんだけど。ネオン・ボーイズがなぜテレヴィジョンよりカッコイイかという話はまた書かせてもらうとして、僕はテレヴィジョンのどこが大好きだったのかというと、クールでインテリな感じがするところだった。

テレヴィジョンのような音はいったいどこから生まれたんだろうなといつも思っていた。ところがある日、僕は気付いた。トム・ヴァーレンのあのか細い声は、ニール・ヤングなんじゃないかと。永遠と続くかのようなあのリード・ギターは、ニール・ヤングのとにかくペンタトニックを弾きまくるギターといっしょなんじゃないかと。そこで、テレヴィジョンの謎はすべて解けた。

新人類のパンクだと思っていたのに、むちゃくちゃヒッピーを引きずっていたのかとショックを受けた。

いまは歴史というのは点じゃなく、線なんだと思っているから、ニール・ヤングからテレヴィジョンへの進化はカッコイイことなんだと思っている。

そして、僕はテレヴィジョンから進化したバンドが大好きだ。いちばんはサブウェイ・セクトだ。このバンドもまた、ネオン・ボーイズのように正規のアルバムがないバンドだが、当時リリースされたシングルを聴くだけで、いまも胸が高鳴る。そんなサブウェイ・セクトに影響された初期のポップ・グループ――〈えっ、ポップ・グループもテレヴィジョンの進化系!?〉とびっくらこくでしょうが、彼らのデビュー・シングル“She Is Beyond Good And Evil”を聴けば、理解してもらえるでしょう。

こんなテレヴィジョンの子供たちのなかでいちばんカッコイイのがフェルトだと、僕は思っている。

デビュー・アルバム『Crumbling The Antiseptic Beauty』における繊細な音は、当時はドゥルッティ・コラムの影響なのかなと思っていたのですが、どうなんでしょう。いま聴くとこの冷めた感じって、初期のキュアーなどといっしょですよね。こんなカッコイイ音をどうやって考えたんだろうといろいろ考えるのですが、ジャケットに写る美少年・ローレンスの顔を見たらそんなことはどうでもよくなって、〈ローレンスは天才だ〉と叫んでしまう。

そんな初期フェルトの完成型が2作目『The Splendour Of Fear』で、ローレンス自身も「もっとも完成したフェルトのレコード」と言っている。原石のようにいまにも壊れそうな『Crumbling The Antiseptic Beauty』を取るか、完成した『The Splendour Of Fear』を選ぶかは難しいところだ。

僕的にはいかにも青春らしい元気の良さを感じた3作目『The Strange Idols Pattern And Other Short Stories』がフェルトでいちばん好きなアルバムかもしれません。ニール・ヤングというよりボブ・ディランなヴォーカルがカッコ良いアルバム。プロデュースはなんとあのジョン・レッキー。

4作目『Ignite The Seven Cannons』はあのコクトー・ツインズのロビン・ガスリーがプロデュースしていて、なんかと売れようと模索していたローレンスの苦悩が窺える。いまだったら絶対他人の手に委ねない超神経質野郎が、あのロビン・ガスリーとやっているのが笑える。コクトー・ツインズのヴォーカル、エリザベス・フレイザーとデュエットしている曲は最高に素晴らしい。

そして、キーボードのマーティン・ダフィーの顔が美麗な6作目『Forever Breathes The Lonely Word』では、ギターの絡みが美しかったフェルトが、ギターとキーボードのバンドとなっていく。でも、このアルバムがフェルトの完成型と言っていいのではないでしょうか。