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(第245回)たった1曲で長い歴史を歌い切ったボブ・ディランの30周年記念コンサート

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久保憲司のロック千夜一夜
公開
2014/03/11   18:00
更新
2014/03/11   18:00
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文/久保憲司


ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返るコラム。今回は、ついにDVD化されたボブ・ディランの「The 30th Anniversary Concert Celebration」について。豪華アーティスト陣がディランのデビュー30周年を祝した記念コンサートのライヴ映像からは、〈いろいろあるけど、でも僕たち大丈夫だよ〉というディランからのメッセージが伝わってくるようで――。



当時はあまり興味が湧かず、自分のなかでは封印していたボブ・ディランの30周年記念コンサート――ニール・ヤングいわく〈ボブフェスト〉を再確認したいなと思ったのは、デヴィッド・ボウイの生誕50周年記念コンサートがあまりにも良かったからだ。

ロバート・スミス、ソニック・ユース、ルー・リードなどいろんなアーティストがボウイの曲をやっているのだが、懐メロ大会になってなく、ボウイという存在を再確認できた。だから、ボブ・ディランの30周年記念コンサートを観たら、幅広すぎて掴みどころのないディランがどういう人間かわかるかな、と思ったのだ。

実際に観てみたら、〈ディランはアメリカそのものなんだな〉という衝撃を受けた。60年ぐらいから92年まで――ユース・カルチャーがどんどん影響範囲を広げていった激動の時代を歌にしていた人だということ、いや、歌によって煽動していた人だということがよくわかった。こんな人だから、ジョージ・ハリソン、エリック・クラプトン、ニール・ヤングといった大物が集まるわけだ。

ディランのカントリー好きもわかって良かった。ジョニー・キャッシュやウィリー・ネルソンなどが演じるカントリー・セクションのところがむちゃくちゃ良かった。

こういうところが羨ましい。僕ら日本人にとっての演歌みたいな位置付けのところ――欧米のロックの底にカントリーがあるのは素晴らしいなと思った。

このイヴェントの直前、カトリックの牧師たちによる幼児虐待に抗議するためにTVでローマ法王の写真を破り、大問題になっていたシニード・オコナーを守っていたのもカントリーの人たちだった。大ブーイングを上げる観客の前でなかなか歌えないシニードに、「あんなやつらに負けるな」と言いに行くのもクリス・クリストファーソン。彼は、シニードを「彼女の名前はいまや勇気と高潔さの代名詞となった」と紹介している。当時、参加アーティストはシニードに冷たかったと報道されていたが、それは全然ウソだというのがこのDVDで確認できる。

この何年か後にシニードの言っていたことが正しかったと証明された。幼児虐待をしていたカトリックの牧師たちが何人も捕まったのだ。というわけで、CD版のリリース時にはカットされていた、シニードが歌うボブ・マーリーの“War”もちゃんと収録され、しかも唯一“War”だけ字幕がついている。ソニーさん、わかっているなという感じだ。

“War”という曲の歌詞を初めて読んだのだが、去年トレンド・ワードに選ばれた〈ヘイト・スピーチ〉に抗議する歌詞でビックリしました。その歌が、幼児虐待も止めることに繋がると感じたシニードは凄い。シニードは、〈牧師が私たちより優れている〉という考え方が幼児虐待に繋がった、と考えたんだと思う。

人はみんな平等だと考えれば世の中は上手くいくはずだ、と考える人がいるというのはなかなか心強い。なぜ差別がなくなれば世の中が上手くいくかというと、社会の公平が生まれるからだ。僕たちにとっていちばん大事なのは、社会の公平さなのだ。ウクライナの問題も、ロシア人がウクライナ人を自分たちより下に見ているからああいうことになってしまうのだ、と僕は思う。

ボブ・ディランの初期の歌は、社会の公平さを願う歌が多かった。

ボブ・ディランの30年は、アメリカの若者たちがどう社会の公平さを手に入れてきたかの歴史だったんだと思う。そんななか、集まった人々の何人かが社会の公平さの本質をわかっていないと思ったシニードは、一瞬笑って、〈お前ら、ボブ・ディランがどんなことを歌ってきたかわかってないだろう〉と闘いを挑むかのように“War”を歌い出す。カッコイイ。

そんな事件があったボブ・ディランの30周年記念コンサートだが、ディランは最後に別れた彼女が元気かどうかを気遣う失恋ソングの名曲“Girl Of The North Country”を歌い、ファンのことを気遣うかのようにステージを締め括る。まるで、〈僕たちいろいろあったけど、いまもこうして生きているよね〉と語りかけるように。ディランは天才だなと思う。この失恋の歌ひとつで、ボブ・ディランとファンが歩んできた長い歴史をすべて歌い切ってしまう。これを観るためだけにこのDVDを買ってもいいと思う。

ディランの歌は、〈これからもいろいろあるけど、でも僕たち大丈夫だよ〉って言ってくれているように僕には聴こえる。ディランの歌があれば僕は生きていける気がするし、世の中を変えることもできるような気がする。