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【クラシックを極める】第4回:24の前奏曲を巡って

24の前奏曲を巡って

音楽をより深く楽しんでいただくための特別企画「極めるシリーズ」。第4回のテーマは「24の前奏曲」。有名なショパン、スクリャービン、ドビュッシー、ショスタコーヴィチの4作品に加え、チェルニーやキュイなど珍しい作曲家の作品もご紹介します。

0.バッハ:平均律クラヴィーア曲集(第1巻:1722年、第2巻:1738-42年)

〈バッハ好きでも、そうでなくても必聴のアルバムです〉

フレデリク・デザンクロ『バッハ:平均律クラヴィーア曲集(全2集)~4種のオルガンを使い分けて』

《24の前奏曲》を特集するに当たり、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》を取り上げないわけにはゆきません。ハンス・フォン・ビューローによって「音楽の旧約聖書」、シューマンによって「毎日のパン」と表現されたこの偉大な作品は、すべての長調と短調、つまり24の調を用いて書かれ、第1巻と第2巻でそれぞれ秩序だった世界を作り上げています。ショパンやショスタコーヴィチの《24の前奏曲》はバッハのこの手法に影響を受け、作曲されたものです。

人類の遺産ともいえる《平均律クラヴィーア曲集》には数多くの名盤がありますが、ここではひとつだけ、デザンクロによるアルバムをご紹介しましょう。彼はイゾワールとリテーズに師事し腕を磨いた、フランス屈指のオルガン奏者です。オルガンよりはピアノやチェンバロによる演奏を聴く機会の方が多い《平均律》ですが、一曲一曲の持つ性格の多彩さを考えれば、ストップを用いて様々な音色を出すことができる大オルガンを選択するのは理にかなっているのです。デザンクロはバッハの時代=18世紀建造のオルガン2種と20世紀建造のオルガン2種、合計4種類もの楽器を使い分けて、今まで聴いたことのないような音の世界を作り上げています。さらに、ピアノやチェンバロと違ってオルガンはいくらでも音を伸ばすことができる、というのも重要なポイント。これは特にフーガの部分で効果を発揮しています。


※変わり種として特にお薦めしたいのは、モーツァルトが対位法研究のためにフーガ部分を弦楽四重奏用に編曲した《アダージョとフーガ》や《プレリュードとフーガ》。これは最近発売されたベルリン古楽アカデミーによる演奏が素晴らしい。もうひとつはメンデルスゾーンの友人モシェレスがチェロパートを付け加えた《メロディックな対位法練習曲 Op.137a》。シューマンがバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタにピアノ伴奏を付けたように、こうした試みは当時よく行われていました。モシェレスの書いた旋律はかなり優れており、中には原曲のイメージを大きく生まれ変わらせているものもあります。


 

※バッハが《平均律》の参考にしたという説がある、J.C.F.フィッシャーの《アリアドネ・ムジカ》。20の調による前奏曲とフーガからなる曲集で、特にハ短調で書かれた終曲が胸を打ちます。NAXOSレーベルの『German Organ Music, Volume 1』に収録。



1.ショパン:24の前奏曲(1836-1839年)

〈新しい世代による、みずみずしいショパン!〉

アンドリュー・タイソン『ショパン:24の前奏曲』
前述したように、ショパンはバッハの伝統に倣って長短24の調による自由な形式の曲集を書き上げました。作曲はマヨルカ島で行われ、その時携行していた楽譜はバッハの《平均律クラヴィーア曲集》だけだったといわれています。音による素描、しかもその断片だけを集めたかのようなショパンの《24の前奏曲》の演奏には幅広い表現力と全体を纏め上げる能力が求められ、名演もそう簡単には生まれません。

そんな中、最近リリースされたアンドリュー・タイソンの演奏は特筆すべきものと言えるでしょう。86年生まれの若いピアニストですが、テクニックの確かさと音楽性のみずみずしさには目を見張るものがあります。雄弁な演奏ながらタッチは常にデリケート、10番、16番、24番などの煩くなりがちな曲でも決して美しさが損なわれないのには、驚くしかありません。


※その他お薦め盤……"コルトー最後の門弟"ドラージュの演奏はタイソンとは全く別の世界ですが、ちょっと聴くだけでその非凡さがわかります。コルトーより遺贈された1896年製スタインウェイの音色もその魅力に一役買っており、高音域にはっとするような美しさがあります。1906年製スタインウェイを用いたプラネスは極めて粒立ちの良いタッチが特徴で、これも名演。ショパンの時代の楽器で聴くなら海老彰子さん(1838年製エラール使用)、最近のリリースの中ではアヴデーエワのものがお薦めです。

 

※ロスト盤はショパンのピアノ譜に全く変更を加えることなく、全曲を世界最大級のロマンティック・オルガンで弾き切ったという異色の一枚。



2.チェルニー:48の前奏曲とフーガ(1857年)

〈愛弟子リストに献呈された、チェルニー幻の遺作〉

神谷郁代『チェルニー:48の前奏曲とフーガ』
チェルニー="無味乾燥な練習曲の作曲家"というイメージを打ち壊すのに最適な作品がこちら。チェルニー最期の年に書かれたこの曲集は全24調による前奏曲とフーガ計48曲からなり、彼が大バッハの音楽に精通し、その技法を高いレベルで習得していたことを示しています。(チェルニーは《平均律》の注釈つき校訂譜を出版した最初の人物でもあります)

驚くべき多様さを持ち、バロック的な形式とロマン派的な性格を見事に融合させ、さらにはピアノ音楽としての可能性も突きつめたチェルニーの創作活動の集大成。「私は彼のことを、重要な教育者である以上に、すみずみまで熱い血の通った作曲家として高く評価している。」とはストラヴィンスキーの言ですが、この作品を聴けばそれが誇張ではないとお分かりいただけるでしょう。神谷さんは丸一年間この曲ばかりを弾き続け、万全の態勢でレコーディングに臨んだといいます。



3.スクリャービン:24の前奏曲(1896年)

〈ショパンに倣った若きスクリャービンの世界〉

アナトリー・ヴェデルニコフ『スクリャービン:24の前奏曲』

後年は前衛的な音楽家、また神秘主義者として独自の世界に入り込んだスクリャービンですが、若いころは「ロシアのショパン」とでもいうべきロマンティックな作風の持ち主でした。この作品も明らかにショパンの作風に倣ったもので、夢想的な性格をもつものから仄暗い感情が渦巻くものまで、多種多様な小品がずらりと並んでいます。24曲のうちほとんどは20代前半で書かれ、第4番や第6番などは10代の時、音楽院在学中に作曲されました。音の煌めき、透明感が一際美しいヴェデルニコフの演奏でお楽しみください。

 

※より新しい録音を、ということであればラハ・アロダキの演奏をお薦めします。かつてワーグナーが称賛したことで知られるシュタイングレーバーのピアノを使用。はっきりとした音の輪郭に、何とも言えない香気をまとわせた名演。不思議な清々しさもあります。ジャケットも美しく、ぜひコレクションに加えていただきたい1枚。


※NAXOSレーベルに"ピアノの詩人"ザラフィアンツの録音があることは意外と知られていないかもしれません。《24の前奏曲》は第1巻に収録。第2巻にはわずか11歳でこの世を去った息子ジュリアンが死の数週間前に作曲したという《4つの前奏曲》までもが収められています。



4.キュイ:25の前奏曲(1903年)

〈あまりにも意外な?優しい曲調〉

ジェフリー・ビーゲル『キュイ:25の前奏曲』

ロシア五人組の中で最もその作品を聴く機会がない人物、キュイ。もしかすると、ラフマニノフの交響曲を酷評した辛辣な批評家としての印象のほうが強いかもしれません。ハ長調から始まり全24の長短調を巡って再びハ長調に回帰するこの《25の前奏曲》は、そんなキュイのイメージとは全く異なる、爽やかな詩情が好ましい佳品。各曲から優しさが感じられ、"ピュア"とか"イノセント"なんて言葉を使いたくなるような澄んだ美しさが魅力的です。知る人ぞ知るNAXOSの名盤。



5.ドビュッシー:前奏曲集 第1集&第2集(1910年/1913年)

〈音と香りは夕暮れの大気に漂う〉

佐々木宏子『ドビュッシー:前奏曲集 第1集&第2集』

2巻合わせて24曲となるドビュッシーの前奏曲集。構想の段階ではショパンに触発されるところがあったのかもしれませんが、24の調を巡るわけではなく、逆に高度に印象派的な手法が用いられています。各曲には様々なイメージを喚起させる印象的なタイトルが付されていますが、それらは冒頭ではなくそれぞれ楽譜の最後の余白に小さく書込まれています。これは先入観に縛られないようにというドビュッシーの配慮。初めて聴く方はまずタイトルを見ないで聴いてみるのが良いかもしれません。

最近リリースされた佐々木宏子さんの演奏では、1873年製のプレイエル・ピアノを使用しています。前回の記事「時代楽器で味わうピアノ・ソナタ」でも少し紹介しましたが、ドビュッシーはプレイエル、ブリュートナー、ベヒシュタインのピアノを好み、どのメーカーのピアノで弾くかということを非常に重視していました。またプレイエルはショパンが愛したピアノとしても有名です。この楽器の持つ響きの柔らかさと得も言われぬ薫りが《前奏曲集》の神秘的な美しさを高めてくれることは言うまでもありません。楽器の音色だけではなく、演奏も非凡なものです。ドビュッシーは「ピアノにハンマーが付いていることを忘れさせることが大切だ」と言ったそうですが、ここではタッチやペダリングが絶妙にコントロールされ、まさにそういう演奏になっています。レコード芸術準特選盤&海外盤試聴記特選盤。


※昔のピアノで弾いた他の録音……リュビモフは第1巻を1925年製のベヒシュタイン、第2巻を1913年製のスタインウェイで演奏し、さらに作曲家自編の《牧神》やラヴェル編の《夜想曲》を収録。インマゼールは1897年製エラールで第1巻を演奏。前回ショパンのアルバムを紹介した上野真さんは1925年製ニューヨーク・スタインウェイで第2巻、遠山慶子さん(ページ最下部の「関連商品」をご覧ください)は1962年製プレイエルで第1巻を演奏しています。

 

※モダン・ピアノの演奏でお薦めしたいのがグヴェタッゼとメジューエワ。グヴェタッゼは佐々木さんの演奏と対照的な、ペダル控えめのスタイリッシュな美しさが魅力。メジューエワの演奏に漂う風格はさすがです。



※編曲ものではまず《冥王星》の作曲者として知られるマシューズ編の管弦楽版を。エルダー&ハレ管による演奏も素晴らしく、彼の精妙なオーケストレーションを見事に表現しています。NAXOSの管弦楽作品全集BOXにもマシューズ編曲版が含まれており、こちらは準・メルクル&フランス国立リヨン管による演奏。またこのシリーズの分売ではブレイナーによる別の管弦楽編曲版を聴くことができます。ギター版は響きの心地よさを楽しみたい時に。



6.ボウエン:24の前奏曲(1938年)

〈ソラブジによって絶賛、イギリスで生まれた「24の前奏曲」〉

クリスティーナ・オルティス『ボウエン:24の前奏曲』

「最も注目すべきイギリスの若き作曲家」とサン=サーンスに絶賛され、"イギリスのラフマニノフ"などと呼ばれることもあるヨーク・ボウエンの《24の前奏曲》は、是非多くの方に知ってもらいたい作品です。この作品は第1回の記事で《独奏ピアノのための交響曲》を紹介した破格の作曲家、ソラブジに献呈され、彼はこれを大絶賛しています。メランコリックともいえる後期ロマン派的な語法に印象派のエッセンスを少々振りかけ、絶妙のバランス感覚で仕上げた24曲は、聴き手を選ばず誰にでも愛されることでしょう。特に長調で書かれたさりげなく、ひそやかな曲が美しい。

※バドゥラ=スコダに師事したピアニスト、セリスの演奏もシャープで素晴らしいものです。特に終盤での集中力、緊張感には思わず息を飲んでしまうほど。単売CDは入手しづらくなっているので、こちらのBOXがお薦めです。



7.ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ(1952年)

〈2つの伝説的な名盤でどうぞ。〉

アレクサンドル・メルニコフ『ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ』

混同されがちですが、《24の前奏曲とフーガ》作品87は1933年頃作曲の《24の前奏曲》作品34とは別の作品です。どちらも24の調を用いて書かれていますが、作品34はショパン的で自由な作風、作品87はフーガがついている点からも分かるように、バッハの《平均律》からの影響が大きく、より厳格になっています。この作品はショスタコーヴィチ壮年期の傑作であり、その巨大さ、深さ、技術的難度からロシアにおけるピアノ音楽の最高峰とされています。

《24の前奏曲とフーガ》は初演者ニコラーエワによる演奏を除き全曲盤自体が少ないという状況なので、メルニコフがこのような素晴らしい録音をのこしてくれたのは本当にありがたいことです。音楽的な深み、成熟度に加え、彼の演奏にはニコラーエワにはない21世紀的な新しさも取り入れられており、非の打ちどころがありません。レコード芸術では特選盤に選ばれています。


※初演者ニコラーエワによる演奏も併せて押さえておくべきでしょう。順に1962年(Doremi/Melodiya)、1987年(Melodiya&Venezia)、1990年(Hyperion)の録音。1962年の録音は作曲者立ち会いのもと行われました。


 

※それ以外のお薦めはこちら。キース・ジャレットの演奏は彼ならではの透明感が魅力です。ピアノの音も美しい。素晴らしいテクニックを持つピアニスト、シチェルバコフの安定感ある演奏もスタンダードとしてお薦めできます。作品34の録音もあり。ページ下部の「関連商品」をご覧ください。





いかがでしたでしょうか?前々回取り上げたレクイエムのように、同じような形式で書かれた複数の作曲家による作品を比べてみるというのも面白い聴き方です。本文で取り上げられなかった《24の前奏曲》を以下に挙げておきます。ページ下部の「関連商品」ではピアノ以外の楽器のためにかかれた作品(ポンセとヴァインベルク)も掲載しています。(kiri)

 





※ロマンティックなオルガン作品が有名なラインベルガーは《練習形式の前奏曲》が24の前奏曲にあたります。ブゾーニの作品は10代の時に作曲。ラフマニノフはバラバラに作曲された3つの曲を合わせて「24の前奏曲」と呼んでいます。フィンランドの作曲家パルムグレンの作品は民族的な要素を含む幅広い曲想と演奏効果の高さが魅力。スクリャービンの影響から出発し"微分音の作曲家"として有名なヴィシネグラツキの作品は「2台の微分音ピアノのため」に書かれています。シチェドリンの作品は「嬰種調」「変種調」の2巻。自演盤です。オアナは無調、カプースチンは「ジャズの様式で」、芥川は「こどものために」書かれています。アウエルバッハは1999年の作、これも自演盤です。第24曲でそれまでの曲を回想するのが特徴。

【過去の記事】
第1回:新たな魅力を発見!!ピアノで聴くシンフォニー
第2回:レクイエムの世界 《古典派編》
第3回:時代楽器で味わうピアノ・ソナタ

カテゴリ : Classical キャンペーン | タグ : 極めるシリーズ

掲載: 2015年03月31日 10:36

更新: 2015年04月07日 11:23