6月13日公開映画『海街diary』音楽担当、菅野よう子インタビュー
<是枝×菅野 夢のコラボレーションが生まれた経緯>
近年では、『そして父になる』(2013年)、『奇跡』(2011年)、『空気人形』(2009年)と、人間ドラマを独自のリズムで語り、透明感あふれつつも、現実の辛苦の面にも向き合う、研ぎ済まされた作品を完成させている、映画監督・是枝裕和。そんな是枝監督の新作が、吉田秋生(『BANANA FISH』『櫻の園』)の人気コミックを原作とし、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが主人公の4姉妹を演じ、第68回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門参加作品となった『海街diary』。この作品のさらなる、ファンの間で話題なのが、本作品の音楽を菅野よう子が担当したことであった。
菅野よう子と言えば、『カウボーイビバップ』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『マクロスF』といったといった作品の音楽全般や、坂本真綾の音楽プロデュースなどで、日本のみならず国際的にアニメ音楽ファンには広く知られたサウンドメイカーであり、映画では『下妻物語』(2004年)までの中島哲也監督作品や、ストイックな作風で知られる石川寛監督作品『tokyo.sora』(2002年)『好きだ、』(2006年)『ペタル ダンス』(2013年)で、そして近年ではNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』や、「花は咲く」の作曲で、日本国中の全年齢層にファンを拡大しつつある、そんな作曲家である。
是枝監督と、作曲家・菅野よう子は、これまで、まったく面識はなかったのだという。「最初の打ち合せのときに、どうしてまた、わたしに(音楽依頼の話が)きたんですかと(笑)。是枝監督とは全く接点がない感じがしていたので。そのとき、今作の主演のひとりの長澤まさみさんが推薦してくださった、というお話をうかがって。あんな美しい人が!と、びっくりしたし、嬉しかった」。
「是枝監督って、いつもは、音楽を誰に依頼するかかなり早くに決めて、音を聴きながら撮影することもあるのだそうです。だけど、わたしが参加したのは、去年の秋冬ぐらいの最後のシーンを除いてすべて撮り終わってる、という段階でした。」
<菅野よう子による、是枝流映画音楽の在り方の探索>
かくして、初の注目のコラボレーションとなったわけである。だが「是枝監督の作品はそれから拝見したんですが、音楽の入るシーンがとても少ない方だなと。通常50曲ぐらいのところ、5分の1くらいしかなくて、使われるシーンも短い印象。そんな人が、音が多いと言われがちなわたしになぜ(笑)と」。結果は「是枝さんの作品としては音楽が多くて、いつもの3倍ぐらい音楽が入ってる」こととなった。「それでも他の映画よりは少ないと思いますが」
今作に音楽を多くつける発想は、監督の中にもともとあったとのこと。「『ごちそうさん』や『ペタルダンス』の音楽などをシーンにあてて監督が仮編集した2時間30分ぐらいのものを、最初に見せてもらいました。そこですでに、かなり音楽が入っていたので、こんなに入れていいの?と。(完成版でも)歌が入ったシーンは、仮編集の段階でも歌ものが入っていたし。是枝監督がこの作品の音として何を求めているのかを知りたくて、ひとつずつ探りながらの作業でした」。
そして「4姉妹物語だから、弦楽四重奏はどうですかと、最初の要望がありました。そこで、ひとりひとり(人物を象徴する音色を奏でる)楽器を決めて、この人はヴァイオリンで、とか人間寄りで作り始めたんですけど」、次第に、アイデアは変更される。「(監督は)季節がわりに(音楽を)あてたいと。夏から秋とか。」
音楽の方向性を決定づけたエピソードを聞いた。「一番印象的だったのはエンディング。4人が浜辺をずーっと歩いていて、音楽なしで見ていると結構シーンが長いんです。どこで切ってエンディングテロップに行くのか、監督は何を見て決めるんですかと聞くと、光が途中で変わるので、そこで黒味にします、って。えーっ、彼女たちの動きを見てるんじゃなくて、光を見てるのか、と」「そういうことなら、光の変化に音楽も合わせていこう、と」
最終的に、メインテーマをしっかり作って、そのヴァリエーションを聴かせる、といったスタイルではなく、もっと抽象的な表現に向かうものとなった。「光とか湿気とか、人間じゃないところに合わせて音楽をつける。そういった作り方はあまりしたことがなかったので楽しかった」「音楽は人の感情表現は得意なんですけれど、今回はそういったところに沿うのはやめて、向こうで聴こえるおしゃべりや波の音と同居する音色で、と」
もうひとつのポイント。「是枝さんは最初、是枝版“若草物語”とおっしゃっていて。『若草物語』、四姉妹の物語って、誰が作っても揺るがない核がありますよね。その話を伺ったとき、音楽担当としては、エンタテインメントから外れないようにしよう、とは思いました。」
「(この映画の音楽は)日記のページをめくる際に流れる音楽。こういったことがありました、そして次の季節に移る、というときに音楽が流れる。いろいろあるけれど、時は流れていく、といった。この物語は、結構、きつい話だと思うんですね。全体的な印象でほっこりする映画だと思われるかもしれませんが、登場人物ひとりひとりは懸命なわけで。でもそこにはあまりスポットを当てずに、いつも変わらないお陽さまや波のように居ようと。本来なら(音楽で表現する)光と影の成分が半々のところを、光52%、影48%にしますけどいいですか、って是枝監督に確認しながら、細かく調整しました。」
その影の部分については、編集過程を見ていて気づいたという。「仮編集には、サッカーのシーンやデートなど、チャーミングなシーンがたくさんあったんです。それらのシーンがどんどん切られていって本編集になったときに初めて、短い時間にお葬式が3回もあるんだ、とか気づいて。この映画の日常には、生と死がすぐ隣にある。じゃあ影は48%、と」
今回の音楽は、アニメにおいて菅野音楽が描いてきた女の子のイメージに近いサウンドだった、と筆者が感想を述べると「いろいろやらかす彼女たちなんだけれど、それも含めて美しい、という感じにはしようと思いましたね。そういう意味では、リアルな話だと思われがちですけど、ファンタジーと思って作ってます。リアルな音を出すべき時はあるのはあるでしょうけれど、それは今回私がしたいことではないな、って」
そして、初めに是枝監督が充てていたサウンドから始まって発展した結果の今回の柔らかなストリングス主体のオーケストラ・スコアだが、「例えば昔のクラシックの作曲家が作っている映画音楽。そういう豊かなものに近づけたいなと思いました」。
音楽を作品で流すことは最小限にしながらも「監督本人は、音楽には詳しくない、とはおっしゃってましたけど、音楽自体のグルーヴでもって映画を撮ってらっしゃる、そんなグルーヴィな監督さんなんだな、と思いました」とは、作曲家・菅野よう子による是枝監督の印象だ。是枝裕和監督、映画音楽作曲家としての菅野よう子それぞれの、彼らにとっては新しくも、往年の映画と映画音楽の関係に似たスタイル。かつて多くに愛された、理想の邦画に限りなく近づきつつあるのかもしれない。
(インタビューおよび文・馬場 敏裕)
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