松平敬の衝撃的なデビューアルバムは、究極のワンマン・アカペラ=電脳声楽アンサンブル。
極彩色に発光する、たったひとつの声──
800年に渡る「声」の芸術を「カノン」形式で俯瞰する
松平敬は2009年に東京オペラシティでシュトックハウゼンの大作「私は空を散歩する」の日本初演を手がけるなど、コンテンポラリー・フィールドでアクティヴに活躍する気鋭の声楽家。湯浅譲二「天気予報図」を10回にわたって取り上げ、全曲シェーンベルク作品によるリサイタルや、シューベルト「冬の旅」とケージ「冬の音楽」を組み合わせたコンサートなど、独創的なライヴ・パフォーマンスが話題を呼んでいます。バリトンでありながら、ファルセットを駆使しつつ、混声のソプラノパートまですべてひとりで歌いのけた松平敬。たった一人の肉声を駆使してとてつもなく広い音域を歌うことだけでも、曲の難易度を考えれば大変な偉業ですが、驚くのはその歌唱力だけではありません。彼自らがDAW(デスクトップ・オーディオ・ワークステーション)システムを駆使し、エディットからエフェクト処理といったポストプロダクションまでその手で行ってアルバムを完成させている点でも注目に値するものと言えるでしょう。結果生まれた今回の作品は、世界のどんな一流声楽アンサンブルもなし得ない空前絶後の精度の高さで、劇的空間を創出したものとなりました。このアルバムのオーディオ的音響はどこを切っても、カミソリのような鮮度、切れ味、豊かな倍音による空間的広がりと透明感を有します。特にリゲティ《ルクス・エテルナ》(16声部)#15の、果てしなく広がる宇宙的なトリップ感は、24Bit/96KHzのトラックをどれだけ並べても理論上なんら問題のないDAWシステムならでは。「ルクス・エテルナ」はキューブリック監督の「2001年宇宙の旅」に使われたことで有名。意志を獲得したコンピューター及び人類の未来の姿を見せた黙示録的なこの映画の曲を選択した意味は、映画そのものが持つテーマと共通しているとも言えます。選曲と配曲にもこだわりが発揮されています。このCDは、「カノン」という音楽のこだま効果がモチーフになっています。収録曲全体を、古い作品から新しい作品へ、そしてまた古い作品へと時代が逆行してゆくように配置することによって、全体がマショーのカノンと相似形をなすようにした、コンセプト・アルバムになっているのです。