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“イカ天”から「けいおん!」「ぼっち・ざ・ろっく!」へ……バンドブームを紐解く音楽文化論

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1989年2月に放送が始まった音楽番組『イカすバンド天国』。通称“イカ天”と呼ばれる同番組は瞬く間に人気を博し、バブル末期の日本で一大旋風を巻き起こした。無名バンドがスターダムを駆け上がるなど、音楽シーンに新たな流れを生み出したが、番組の人気は長くは続かず2年足らずで幕を閉じることとなる。そんなイカ天を中心としたバンドブームの興隆と変遷、そして現代に至るまでの繋がりを探る一冊が、「イカ天とバンドブーム論 人間椅子から『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』まで」だ。

●若者を熱狂させた“イカ天”とは何だったのか

イカ天とは、勝ち抜き形式でおこなわれたバンドコンテスト番組。深夜帯で放送が始まったにも関わらず、異例の視聴率を記録し、一大ムーブメントを巻き起こした。イカ天には合計846組ものバンドが出演し、たま人間椅子BEGINなど多くの個性的なバンドを輩出。後に国民的ロックバンドとなるGLAYまでもが出演していたのだから、その影響力の大きさがうかがえる。

1980年代前半からのインディーズブームに端を発したバンドブームは、イカ天の登場により更なる熱を帯びていく。「何かを表現したい」という衝動がありながら、何をやっていいか分からなかった当時の若者たちが、情熱の行き先として選んだのがバンド活動。YouTubeやTikTokのような発信ツールがなかった時代に、イカ天は無名のバンドが脚光を浴びる貴重な場となっていた。

●イカ天ブームに対するネガティブな反応

人気を博したイカ天だが、音楽シーンの環境を大きく変えたことで、当然ながらネガティブな意見も少なくなかった。その一因として、メジャーのレコード会社がイカ天出場バンドを次々と青田買いし、話題性を優先して消費していったことが挙げられる。著者の土佐有明は当時を振り返り、次のように語る。

日本におけるパンクロックが商業主義にまみれていくなかで、その流れにイカ天がトドメを刺したという論がある。出演したがるバンドは多かったが、簡単に消費されてしまった、という声も聞く。 (※注)

実際、音楽性よりも話題性が重視され、イカ天からデビューした多くのバンドが短期間で活動を終えてしまったのは事実だった。

しかし、イカ天が音楽シーンに与えた影響は決して否定的なものばかりではない。無名バンドがテレビを通じて広く認知される機会を得たことは、当時の音楽業界において画期的な出来事だった。また、イカ天をきっかけにバンドを始めた若者も多く、番組が与えた影響の大きさは計り知れないだろう。

●「けいおん!」などアニメが牽引するバンドブーム

現代社会において、バンド活動は金銭的・時間的な負担が大きく、“コスパが悪い”と言われがちだ。しかし、2000年代以降、バンドをテーマにしたアニメや漫画、映画の影響で楽器を手にする若者も少なくない。平成・令和のバンドブームを牽引した作品としては、「けいおん!」と「ぼっち・ざ・ろっく!」が挙げられる。中でも「けいおん!」の影響は大きく、放送後は楽器の売上が爆発的に増加した。

「けいおん!」では、主人公たちのバンド「放課後ティータイム」が劇中歌を演奏する。演奏技術は拙いが、それゆえに視聴者は感情移入しやすく、彼女たちが成長していく姿は多くの共感と感動を呼んだ。さらに、「自分でもできそうだ」「自分もあんな風に弾いてみたい」と思わせることに成功した構造もイカ天と共通している。

『けいおん!』には、登場人物に自己を同化させ、パンクやヒップホップや『イカ天』がそうだったように「あれなら自分にもできそうだ」と思わせる力があったのだ。 (※注)

このように、番組を契機として音楽やバンド活動に興味を持つ流れは、時代とともに形を変えながらも受け継がれている。

本書は、単なるイカ天の回顧録ではない。放送された1989年当時の音楽文化を振り返るとともに、若者文化やメディアの変遷などを多角的に掘り下げている。当時を知る世代には懐かしさと新たな発見を、知らない世代には当時の圧倒的な熱量を肌で感じる一冊となるだろう。

※注)土佐有明「イカ天とバンドブーム論 人間椅子から『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』まで」より

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タグ : レビュー・コラム

掲載: 2025年04月08日 13:52